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伊藤沙莉は天才的な女優だーーヤンキーからセクシー女優まで、体当たりで挑んだ『獣道』の凄さ

7/15(土) 12:00配信

リアルサウンド

 フェイクドキュメンタリードラマ『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』(テレビ東京系)の本人役や、『ラストコップ』(日本テレビ系)の秘密兵器を作り出す鑑識役、そして現在放送中の連続テレビ小説『ひよっこ』(NHK)での米店の娘役など、その幅広い演技力で出演するドラマに確実に爪痕を残す、若き実力派女優・伊藤沙莉。そんな彼女が主演を務める映画『獣道』(内田英治監督)が、現在公開中だ。

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 メインビジュアルである伊藤の特攻服姿があまりにもインパクトがあり、一見おもしろヤンキー青春映画かと思ってしまう。だが本作は、地方で闇の青春時代を過ごす少年少女たちを通して、伊藤演じる愛衣のあまりにも険しすぎる日々を描く、文字通り「獣道」な青春残酷物語である。ただ愛されたいだけなのに、悪い道へと転落し続け、これでもかと叩きのめされ、それでも這い上がって生き抜く姿は、まるで伊藤沙莉版『嫌われ松子の一生』のようで、彼女の熱演なくしては語れない映画だ。

 物語は、とある地方都市で生まれた少女・愛衣(伊藤沙莉)と、彼女に恋をする少年・亮太(須賀健太)が自分の居場所を探し求める模様を描く。愛衣の母親は、子育てよりも新興宗教に没頭しており、彼女はその施設に送られてしまう。7年もの間、世間から隔離された生活を送り、神の子扱いをされながら教団で過ごすが、教団が警察に摘発されたことで保護される。家に戻されるが居場所はなく、中学も中退し、社会からドロップアウト。ヤンキー一家や、サラリーマン家族を転々として、ついには風俗の世界に。一方の亮太は、見た目は真面目そうだが、心がない不良少年。地元の半グレたちの世界に居場所を見つけるが、そんな集団にも亀裂が入り、この街から出る事を決意をするのだった。

 一定の教育を受けた大人ならば、自分で居場所を探すことができるだろう。しかし、まだ10代の彼女たちが社会的に認められる場所を探すのは、そう簡単なことではない。新興宗教、風俗産業、半グレやヤクザなどの裏社会……地方都市の暗部を、“ヤンキーあるある”のブラックコメディー要素を交えつつ描いた本作は、どんよりと重く、しかし骨太な作風となっている。監督は、70~90年代のインディーズ青春映画に影響を受けているようで、実際に本作には、ATGや80~90年代のPFFスカラシップ作品のようなギラギラとした雰囲気が感じられる。

 さて、ふたりは居場所を探す者同士ではあるが、そのスタンスは大きく異なる。愛衣は普通に生きたかったのに、自分の力ではどうしようもなく、居場所がなくなってしまった。一方の亮太は、自らの意思で道を外れようとしている。それしか生きる道がなかった者と、自らの興味でドロップアウトする者。愛衣の言葉で言うなら「愛衣は孤高で亮太は孤独」、全く不幸の度合いと生きる覚悟が違うのである。そのため亮太は、良くも悪くも常に先を行っている愛衣に翻弄され、住む世界が違うことを知らされる。そんな孤高な役を演じるだけに、女優としての伊藤の覚悟も相当気合いが入ったものになっていた。

 伊藤はこの映画に対して「今まで見たことのない私の表情がたくさん詰まっている」と各媒体で語っているが、それぞれの環境に合わせた様々なパターンの演技をしている。最初は宗教施設でのまっさらで純真な天使のような存在。これまでは強烈な役が多かっただけに、ここまでピュアな印象を与えられるのかと改めて驚かせられる。次にヤンキー。言付けを頼まれた時の「はい!」という気合だけは充分な返事が、無鉄砲さを感じさせる。地方のヤンキー娘を演じさせたら、伊藤の右に出る者はいないと思わせるほどの名演っぷりだ。

 次に、サラリーマン一家にズブズブと入り込んで行く、優等生のふりをした居候の娘。親の心を掴むために、異常なまでに良い子を演じる様は、もはやホラーの領域だ。そんな良い子が親に捨てられそうになり、体を使ってまで必死に引き止めようとする姿には、胸が締め付けられた。80年代の大映ドラマを彷彿とさせる、悲壮感漂う迫真の演技である。そして風俗嬢。望まずにその世界に行くのは不幸にも感じるが、しかし彼女はそこからセクシー女優に転身、達観したかのようなカリスマ性を見せる。宗教施設にいた頃のような、天使の純真ささえ感じさせるのだ。

 それぞれ違うキャラを演じているが、根底にあるのは「人に愛されたい、捨てられたくない」という愛に飢えた心。その必死な気持ちが、どの時代の愛衣にも滲み出ているのが実にうまい。今まで演じてきた役は、たとえイジメッ子や闇を抱えているキャラクターだとしても、カラッと明るく湿っぽさを感じさせなかった。だが、今回は顔は笑っていても心は助けを求めているという、心の機微を感じさせる大人の演技をしている印象だ。セクシーな部分を含めて、繊細な心情を表現する演技は、連ドラ初主演したドラマ『トランジットガールズ』(フジテレビ系)以来ではないだろうか。

 最近はコメディリリーフとして物語のスパイスとなる役が多かっただけに、ここまで重厚な役柄もできるのかと圧倒された。しかもそれをサラッと見せてしまうのが、実に天才的である。『その「おこだわり」、私にもくれよ!!』の松江哲明監督は「決して軽いはずはないのだが、彼女に重さは感じられない。それは唯一無二の武器だ。日本映画界にとっても」と彼女の才能を絶賛しているが、まさに正鵠を射た表現である。

 女優としての集大成であり、新たな挑戦でもある本作。さらに、主題歌までを伊藤が担当している。『獣道』はエンドロールまで女優・伊藤沙莉を存分に堪能できる一作だ。

本 手

最終更新:7/15(土) 12:00
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