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“クズ”だった私が哲学者になるまで――哲学者・萱野稔人インタビュー #1

7/16(日) 11:00配信

文春オンライン

哲学――知の根幹をなす学問。難解であるにもかかわらず、戦後から現在に至るまで「哲学ブーム」なるものが繰り返されてきた。そして今、世界が混沌としている現代だからこそ、新たな哲学が求められているのではないか。

 注目の哲学者に聞く「哲学の時代」シリーズ第2回は、津田塾大学教授の萱野稔人さん。「暴力」をキーワードに国家論の新たな地平を切り開き、『カネと暴力の系譜学』では「カネ」「ヤクザ」からユニークな国家論を展開、時事問題にも発言をし続ける萱野さんに、“フリーター時代”のお話から憧れの『現代思想』デビューの頃のお話までを伺った。

◆ ◆ ◆

バンドをやっていて、哲学のことなんて何も考えていなかった

――一番最初に哲学に興味を持たれたのはいつ頃ですか。

萱野 大学に入ってからですね。私は知的には早熟な人間ではなかったんです。大学の同級生には中高の頃から哲学の本を読んでいる人もいましたが、私は全くそんな感じではなかったです。当時はバンドブームだったので、それに影響されてバンドを組んでドラムをやっていて。これは今考えると恥ずかしいのですが、作詞担当もしていました。「ヘビメタ少女」という曲を……恥ずかしい(笑)。哲学のことは何も考えていなかったです。

――作詞も! 文化祭で演奏されたりとか?

萱野 ライブハウスでやっていました。校則でエレキギターが禁止だったんですよ。まあ、それでも高校は中学に比べたら緩かったです。僕が中学生の頃はものすごい管理教育の時代で校則ガチガチですよ。70年代の終わりから80年代くらいは校内暴力が問題になっていた時代でしたが、それがちょうど落ち着いた頃に僕は中学生で、校則が厳しくなっていたんです。特に僕が住んでいた愛知県の岡崎というところは、全国トップレベルの管理教育の地域で。東は千葉県、西は愛知県が厳しかったんです。

――そういった規律や約束事の話って萱野さんの研究テーマの1つだと思うのですが……。

萱野 いや……、それはこじつけかもしれないですね、あんまり関係ない(笑)。校則に対して戦おうという気もなかったですし。何も考えていなかったんですよ。

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最終更新:7/18(火) 11:57
文春オンライン

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