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初期宇宙に広がった「水素ガスの霧」は、なぜ晴れたのか

7/16(日) 19:30配信

WIRED.jp

ビッグバンの直後、初期宇宙に充満した水素ガスの霧。この霧は、何によってどう消し去られたのかという謎が、研究者たちを悩ませてきた。しかし、超大質量ブラックホールや「宇宙で最初の光」に関するさまざまな研究によって、そのシナリオが明らかになりつつある。同時に、新たな論争も生まれているようだ。

ビッグバンの直後、初期宇宙に充満した水素ガスの霧の謎

ビッグバンからほどなくして、あらゆるものが闇に包まれた。初期宇宙に充満した水素ガスは霧のように広がり、宇宙で最初の恒星や銀河の光を消滅させた。そして数億年もの間、銀河レベルの恒星でさえもまったく見えない状態にあったのだ。

この水素ガスの霧はやがて、高エネルギーの紫外線が原子を分解する「再イオン化」と呼ばれるプロセスによって消え去った。しかし正確には何が起きたのか、つまりどの物質が要因となり、どれだけの量が必要だったのか──という疑問が、長年にわたって天文学者たちを悩ませてきた。

だが現在では一連の研究によって、かつてないほど遠くまで初期宇宙を見通せるようになった。研究者らは、銀河と暗黒物質を巨大な宇宙レンズとして利用することで最初期の銀河の一部を観測し、それらの銀河がどのようにして宇宙の霧を消散させたのかを明らかにしようとしている。さらに天文学者の国際チームは、初期宇宙を照らす数十個もの超大質量ブラックホールを発見した。

また別のチームは、いままで考えられてきたよりも数億年ほど早い時期に、超大質量ブラックホールが存在していたという証拠を発見した。これらの新たな発見は、ブラックホールが宇宙の再イオン化にどれだけ影響を与えたかを明らかにするだろう。しかしそれと同時に、超大質量ブラックホールがどうやってそれほど初期の段階から形成されたのかという疑問も生んでいる。

宇宙で最初の光

ビッグバン後の数年間、宇宙は非常に高温だったため原子は固定化されなかった。陽子と電子が浮遊し、あらゆる光を放散させた。それから約38万年経ったころ、陽子と電子は水素原子を構成できるほどに冷却され、その後の数億年間で融合して恒星や銀河を形成していった。

それらの銀河が発する光は明るく強力で、その多くは紫外スペクトルに分類される。この光が宇宙に飛び出し、さらなる水素ガスに衝突した。これらの光子が水素ガスを分解して再イオン化させる一因となったわけだが、結果として水素ガスは光を消失させた。天文学者らはこれらの星を発見するために非紫外域の光を探し出し、そこから推論する必要があった。だがこの非紫外線は相対的に薄暗く、補助がなければ観測は難しい。

テキサス大学オースティン校の天体物理学者、レイチェル・リバモアのチームは、観測の補助として有効な巨大な「宇宙レンズ」を発見した。これは銀河団が巨大な暗黒物質で満たされる際に形成される重力レンズと呼ばれる現象で、時空を曲げて反対側にある物質に焦点を合わせ拡大する。リバモアはハッブル宇宙望遠鏡からの画像にこの重力レンズ効果を利用し、再イオン化の真っただ中だったビッグバンから6億年後まで時間をさかのぼり、ごくわずかな光を発する銀河を観測した。

『アストロフィジカル・ジャーナル』に掲載された最近の論文でリバモアと同僚らは、いままで発見されてきた銀河にこれらの銀河を加えて計算を行うと、恒星から発生する紫外線の強さは宇宙が再イオン化するのに十分な量になるとしている。

だが問題点もある。この研究を行う天文学者は、1つの恒星から放射される紫外線のうちどれだけの量が母体となる銀河(光を遮断する水素ガスが充満している)を通過して宇宙に飛び出し、再イオン化の一因となったのかを推測する必要がある。「Escape fraction」(脱出確率)と呼ばれるその推測は、大きな不確定要素を生み出すことになり、リバモアもその点については認めている。

また、誰もがリバモアの研究結果を受け入れているわけではない。

ライデン大学の天体物理学者リチャード・ボウエンスは、アストロフィジカル・ジャーナルに掲載された論文で、リバモアは重力レンズを生み出す銀河団からの光を適切に差し引いていないと指摘した。結果として、遠方の銀河はリバモアと同僚らが主張するほど微かなものではなく、天文学者は恒星が宇宙を再イオン化させたと結論付けるに足るだけの銀河を発見していないと彼は論じている。

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最終更新:7/16(日) 19:30
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