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なぜインド人エリートは西葛西に住むのか #3

7/17(月) 17:00配信

文春オンライン

インド人の多くは、2000年前後にIT技術者として西葛西に移り住んできた(#1参照)。URの賃貸マンションに住まう彼らのコミュニティの中核には、インド人の子供たちが通える学校があった(#2参照)。今後、「リトル・インド」は、「新しいインド人」が巣立っていく街になるのだろうか。

(出典:文藝春秋2017年7月号「50年後のずばり東京」・全3回)

宗教やカーストを意識しない

 かつて、インド人がもっとも多い都道府県は兵庫県だった。東京都が兵庫を上回るのは1990年以降である。兵庫にインド人が集まったのは神戸という港があるからだ。長い歴史をもつ神戸のインド人商人のあいだでは、インド社会と同じように同一の宗教や同一のジャーティによって共同体が形成されている。ヒンドゥ寺院、ジャイナ教寺院、スィク教寺院があり、それぞれのグループの象徴となっている。

 西葛西の“リトル・インド”は2000年代以降に急激に増えたニューカマー(新参者)の集団であり、しかも短期滞在のIT技術者が多いので出入りが激しい。その裏返しとして、宗教施設がない。

 正確にいえば、ヒンドゥ寺院があるにはあるが、“リトル・インド”のための寺ではない。ISKCON(International Society for Krishna Consciousness〈国際クリシュナ意識協会〉の略称)と呼ばれる、1960年代半ばにインド人が米国で創立した宗教団体の寺。「ハレー・クリシュナ」と唱え続けるのが特色の新興のヒンドゥ教で、ビートルズのジョージ・ハリスンが関わったことで知られる。逆上陸する形で、今ではインドにも寺院を建てている。

 日本で活動を始めたのは70年代だが、中野区から江戸川区の船堀駅そばに移ってきたのは6年ほど前である。それまで日本人による活動が主だったが移転前後からインド人が関わるようになり、いまでは寺の運営方針を決める7人のメンバーのうち4人がインド人だという。ひとりに話を聞いたが、ムンバイ出身の彼は日本の有名なIT企業に勤務するIT技術者だった。

 日曜の礼拝では日本人の信者たちが熱心に「ハレー・クリシュナ」を唱和するかたわらで、子供連れのインド人家族が静かに参拝している。この寺では、日本人僧侶がインド人から「プージャ(お祈り)」を頼まれることが増えた。「ムンダン」と呼ばれる、子供の髪を切る儀式などだ。西葛西周辺には僧侶がいないので、ISKCONの寺院にその役割が求められるようになっている。

 インド研究者の神戸大学の澤宗則教授は、西葛西の新しいインド人コミュニティが神戸のインド人共同体と違う点は、宗教やカースト・コミュニティの集団的なアイデンティティを育む装置がほとんどないことだと指摘している。宗教施設がその典型だ。タトゥワ・インターナショナルスクール教師のカーラは、東京のインド人学校で育つ子供は宗教やカーストをインドにいるときほど強く意識しなくなると語っていた。インドで暮らせば、日々、自分が属する宗教やカーストを再確認させられる。逆説的だが、東京では、「インド人」というナショナリティによって自己を確認する傾向が強くなる。だから、「新しいインド人」が育つとカーラは考えている。

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最終更新:7/17(月) 17:00
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