ここから本文です

美輪明宏が語る“人の世を生き抜く極意”とは? [FRaU]

7/17(月) 11:00配信

講談社 JOSEISHI.NET

衰え廃れると、人は醜くなるのだろうか。不道徳で不健全なことは悪だろうか。迷ったり苦しんだりすることは、愚かな行為なのだろうか――? 美輪さんは、そんなすべての疑問に明確に回答する。答えはすべて「NO」であると。

良いことと悪いこと。幸福なこととつらいこと。美輪さんの人生には、正と負の出来事が、まるでシーソーのように交互に訪れた。“退廃の美” そのものである美輪さんが、今あらためて語る “人の世を生き抜く極意” とは?

「権威や肩書、容姿容貌、年齢性別、国籍で人を区別するのはナンセンス」

 少年時代、長崎の私の実家では、料亭とカフェーを経営していました。戦前ですから、借金のカタに売られてくるお女郎さんや芸者さんも大勢いました。好きな人と駆け落ちしようとして、駅で捕まって、半殺しの目に遭った人もいます。小さい頃から、男女のいろんなことを目にしてきましたし、悩んでいる人たちが山のように周りにいる環境で育ったのです。

家には、住み込みのホステス、女給さん、ボーイさんが何十人もいました。インテリもいれば、自分の名前すらろくに書けない子もいました。女学校に行く、なんて言ったら、「えっ!」と驚かれた時代です。私は、そんな環境の中で、大人とばかり遊んでいました。夜の商売で働く大人は、昼間は暇なのです。みんな退屈なものだから、私をまるでおもちゃのように、遊び相手にしていました。

押し入れの中には婦人倶楽部のような雑誌、小説、難しい哲学の本なんかが山積みになっています。私は、大人たちから字を教わって、志賀直哉の『暗夜行路』なんかをよく朗読させられました。それも、最初は押し入れに入れられて、チャンチャンチャンチャンってみんながお囃子の音楽を口ずさむと押し入れの襖が開く。誰かから「はい、読んでください!」って言われて、それから読むんです。まるで一人舞台のような感じでした。

 当時、長崎の実家ではお風呂屋さんも経営していたので、番台に座っていると、贅沢なものを身につけた人が、貧相な肉体だったり。反対に貧しい身なりの人が脱いだら、筋骨隆々の、立派な肉体の持ち主だったり。人は見た目では判断できないんだな、というような光景を、何度も目の当たりにしました。

カフェーには、長崎市の政治家、学校の先生、神父さん、お坊さん、弁護士、裁判官などが私服でやってきて、ビールをかけられてヘラヘラしたり、女の人のスカートの下に手を突っ込んだり、それぞれに痴態を晒していきます。そんな大人たちを見ていると、権威や肩書、容姿容貌、年齢性別、国籍等々、その人に付いて回る権威とか所属のようなものが、一切気にならなくなるのです。私は、この少年時代の経験を通じて、この人はどういう人間かという、人の本性や、魂を見る癖がついたのです。


●情報は、FRaU2017年7月号発売時点のものです。

PROFILE

美輪明宏 Akihiro Miwa
長崎県長崎市出身。シンガーソングライター、俳優、演出家。7月末までは「ロマンティック音楽会~生きる~」で全国を回り、9月からは「美輪明宏の世界~シャンソンとおしゃべり」で美輪さんが愛した銀巴里時代の空気を再現。9月8日~24日東京芸術劇場プレイハウス。