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【文庫双六】幸田露伴の釣り場 都塵を離れた中川――川本三郎

7/17(月) 7:00配信

Book Bang

 釣りは文人趣味。

 井伏鱒二、瀧井孝作、『明治事物起原』で知られる石井研堂ら閑雅な釣りを楽しんだ文人は多い。

 幸田露伴も釣り好きだった。明治三十年に、向島(現在の墨田区)に移り住んでから釣りの楽しみを覚えた。

 家の近くを隅田川が流れている。東に歩けば中川。釣り心がかきたてられた。

 岩波文庫に入っている『幻談・観画談 他三篇』は晩年に書かれた短篇集。うち「幻談」(昭和十三年)と「蘆声(ろせい)」(昭和三年)は釣り人を描いている。

 とくに「蘆声」が絶品。

 明治の末。露伴を思わせる文人の「自分」は、川に近い地(向島)に住んだので自然と釣り好きになる。

 毎朝、早く起き、仕事をすますと、午後、釣りに出かけてゆく。行先は中川の立石(たていし)あたり(葛飾区)。当時は都塵を離れた田舎。

 ある秋の一日、いつものように中川にたどり着く。ところが自分の釣り場に先客がいる。面白くない。

 見ればまだ十一、二歳の子供。粗末な釣竿で、とても釣りに慣れているとは見えない。場所を譲ってくれと頼んでみる。

「(どうせ釣りは)根が遊びだからネ」

 子供はこの言葉に反発した。「小父(おじ)さんが遊びだとって、俺が遊びだとは定(きま)ってやしない」。

 やがて「自分」は知る。この子供は貧しい家の子で義母に言われ、その日の食になる魚を釣りに来ていたのだと。優雅な文人の「遊び」と違って、必死に釣りをしていた。

 子供の幼ない苦労を思い、「自分」は、いつしか中川から足が遠ざかってしまう。

 露伴によれば、中川は「四十九曲(まが)り」といわれるほど屈曲して流れるために「岡釣りの好適地」になっていたという。

「自分」の釣り場は「西袋(にしぶくろ)」。「奥戸(おくど)」の対岸とあるから現在の京成押上線の立石駅近くだろう。

 中川は東京のなかでも語られることの少ない地味な川だが、露伴のこの名品によって記憶されている。

[レビュアー]川本三郎(評論家)
1944年、東京生まれ。文学、映画、東京、旅を中心とした評論やエッセイなど幅広い執筆活動で知られる。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『小説を、映画を、鉄道が走る』(交通図書賞)、『マイ・バック・ページ』『いまも、君を想う』『今ひとたびの戦後日本映画』など多数。訳書にカポーティ『夜の樹』『叶えられた祈り』などがある。最新作は『物語の向こうに時代が見える』。

新潮社 週刊新潮 2017年7月13日号 掲載

新潮社

最終更新:7/17(月) 7:00
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