ここから本文です

“魚界のスタープレーヤー”ナマズ肉の“爆発”料理――高野秀行のヘンな食べもの

7/18(火) 17:03配信

文春オンライン

 ナマズというのは滑稽な魚だ。ヘンな髭が生えていて、「地震を起こす」などという古い伝説も畏怖の念とは無縁、単にマンガのネタにされているだけ。食べたり飼ったりする人もあまりいない。

 昔は全国で普通に食されていたらしいが、田んぼで農薬が使われ、河川がコンクリートで固められたりすると数が激減。さらに全国で流通が発達し、内陸部でも海の魚が圧倒的にポピュラーになると、どうしても川魚は「泥臭い」と敬遠されてしまう。かといって、ウナギのようなプレミア感はない。だいたい、ナマズ食における最大の障壁が、「共食いをするため養殖できない」というのだから、それも間抜けだ。

 現在では群馬県板倉町などで細々と郷土料理としてナマズの天ぷらなどが食されている程度である。

 しかし、東南アジアでは状況は全く異なる。タイでもミャンマーでもベトナムでも、伝統的には魚といえば、海魚より淡水魚だ。熱帯雨林気候帯をゆったり流れるメコン川やチャオプラヤー川、イラワジ川にはナマズがわさわさ棲んでおり、いまだに養殖の必要などない。滑稽なイメージもなく、むしろ“魚界のスタープレーヤー”と呼んでもいいほど。当然、ナマズ料理も盛ん。例えば、ミャンマーの国民的な麺料理モヒンガーはナマズでダシをとったものが「本物」とされている。

 タイではどうか。ナマズの唐揚げや炭火焼き、燻製などいろいろあるが、いちばん有名なナマズ料理は「ヤム・プラードック・フー」だろう。これはすごく美味しくて私の好物だが、とても風変わりな料理でもある。

 タイ語で“ヤム”は「和え物もしくはサラダ」、“プラードック”は「ナマズ」、“フー”は「サクサクした」とか「ふわふわした」という擬態語である。つまり直訳すれば「ナマズのサクサクサラダ」にでもなるだろうが、棒々鶏サラダみたいなものを想像すると全くの的外れになる。

 これはサラダでありながら、魚のフライ料理でもあるのだ。体長約三十センチほどのナマズが素揚げの状態でドーンと出てくる。頭も尻尾も食べられる。だが、それはあくまでオマケ。メインは身の部分で、これはまるでタヌキうどんの天かすのような粒状になっている。この粒一つ一つがナマズの肉なのだ。店によってはこれがくっついてかき揚げ状になっていることもある。

 どうして、こんな状態になるのかわからない。私はひそかに「爆発ナマズ」と呼んでいるが、あまりに頭が悪そうなネーミングなので人に言ったことはない。

 さらにその爆発肉部分には甘酸っぱいタレがとろっとかかっている。一見甘酢あんかけ風だが、香りも味も明らかに中華ではなく、タイ料理のそれである。

 このヘンテコな料理はタイではポピュラーながら、日本のタイ料理店のメニューでは一度もお目にかかったことがなかった。なので、本欄の担当編集者Y氏から「大久保にナマズ料理を出す店がありますよ」と連絡をもらい、しかもそれがヤム・プラードック・フーであることを発見して、ちょっと興奮してしまった。

 早速、取材のアポイントをとり、「バーン・タム」というその店に行ってみた。

 シェフのタムさんは日本のタイ料理好きの間で「スターシェフ」と呼ばれる存在とのことで、店にも彼の巨大な顔写真が貼られ、まるで芸能人のレストランのよう。しかし、本人は浮ついたところのない、本物の料理人だった。

 二畳くらいしかない狭いキッチンの中を助手である甥っ子と二人でくるくると動き回り、複雑な作業を、驚くほどの速さでこなしていった。(以下、次号)

高野 秀行

最終更新:7/18(火) 17:03
文春オンライン

記事提供社からのご案内(外部サイト)

世の中を驚かせるスクープから、
毎日の仕事や生活に役立つ話題まで、
"文春"発のニュースサイトです。