ここから本文です

広島・エルドレッドの上を行く最強助っ人ライトル

7/19(水) 17:00配信

週刊ベースボールONLINE

 試合を決定づける一発だった。5月18日のDeNA戦(マツダ広島)、6対2と4点リードで迎えた5回一死一塁。打席の広島・エルドレッドは1ボールから尾仲祐哉が投じた2球目、138キロの外角直球を鋭くたたいた。「芯でとらえられたので越えていったね」。勢いを増した打球は一直線で左翼席へ飛び込んだ。リーグ単独トップの11号アーチ。この一発は、ルイス・ロペスが持つ球団の外国人歴代2位タイとなる通算112本塁打でもあった。

 今年で広島在籍6年目。カープ史上最強助っ人への道を着々と歩むエルドレッドだが、現段階でその称号にふさわしいのはジム・ライトルだろう。1977年から82年、エルドレッドと同じく、広島のユニフォームを6年着た。これは日系人を除けば球団の外国人選手最長在籍記録だ。その間に放った本塁打は155。つまりエルドレッド、ロペスの上を行く、歴代第1位の本塁打数を誇るのがライトルなのだ。

 75年の初優勝に貢献したホプキンス、シェーンのコンビが76年限りで退団。守備に難があったシェーンに代わる外野手として平山智スカウトがピップアップして、77年広島に入団した。代名詞となった強肩を生かした外野守備も絶品で、78年から4年連続ダイヤモンドグラブ賞を受賞。同僚だった衣笠祥雄氏も「素晴らしい肩を持っていた山本浩二が色あせて見えましたから。本当に図抜けていました」と絶賛している。

 打撃も日本球界にアジャストした。来日1年目は打率.301、19本塁打、65打点をマーク。そこから2年目の78年は打率こそ3割を切ったが.296。本塁打は33、打点は108と倍増させた。その秘密は分析力。数学の教員免許を持つ左打者は、外見もレンズの丸い眼鏡をかけたインテリ派。相手投手の配球パターンを徹底的に研究して成績アップにつなげた。

 80年の近鉄との日本シリーズでは25打数10安打の打率.400。第4戦での決勝弾も含め3本塁打も放った。2年連続3度目の日本一に貢献し、シリーズMVPに選出、「ジムさん」の愛称で親しまれた背番号6は、古葉竹識監督、ナインから胴上げされた。MVPの賞金100万円もうれしかったが、乗用車のプレゼントには大喜び。日本では質素な生活で広島市民球場へは50ccのバイクで通っていた。ナインに愛され、広島に溶け込んで生活している点はエルドレッドも同様だ。

 83年には南海に移籍して、同年限りで日本球界を離れた。故郷のフロリダに戻り、果樹園を経営。その傍ら、大学野球部のコーチを務めた。

写真=BBM

週刊ベースボール

記事提供社からのご案内(外部サイト)