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奥田浩美さん:「共感」「共創」の時代 社員が戦略的・創造的な働き方をするために人事は何をすべきか【前編】

7/19(水) 7:30配信

日本の人事部

起業家、ITイベントプロデューサー、高齢者との共同製品開発、IPA未踏審査委員、スタートアップ支援など、多数の肩書きを持つ奥田浩美さん。インドの大学院で社会福祉を学び、帰国後は「ITが普及すれば世界が変わる」と信じて、グーグル、マイクロソフト、シスコシステムズなどの有名企業と共に仕事をしてこられました。近年はスタートアップ企業のサポートのほか、過疎地域でIT製品の検証事業を行うなど、その活躍の領域をさらに広げています。そうした行動の原点になっているのが、ガンジーの「見たいと思う世界の変化に、あなた自身がなりなさい」という言葉。インタビューの前半では、自分自身が変化の種となることを目指す奥田さんのキャリア観、時代観を語っていただきました。

全く趣を異にする、二つの「最先端の舞台」に立つ

―― 奥田さんはさまざまなお仕事、活動をされていますが、メインとなる仕事は何でしょうか。

私は現在、30ぐらいの肩書きや仕事を持っています。会社という軸で見れば、メインは株式会社ウィズグループです。IT関連のカンファレンスを企画、コーディネート、プロデュースする会社で、コンテンツを作るところから関わり、人選や集客なども手掛けるなど、主催者に近い仕事をしています。

もともとは1991年、当時続々と日本に進出してきていたマイクロソフトやアップル、SAP、グーグルなどの日本法人の設立イベントや技術カンファレンス・展示会を運営する会社を、当時所属していた会社の社内ベンチャーとして立ち上げたのが始まりです。事業は順調で右肩上がり。その勢いは「奥田が歩いた後は、草一本も生えない」と噂されるほどでした。

その反動もあって、出産を機に「人間に戻りたい」と思ったのが、ウィズグループを作ったきっかけです。2001年のその頃はまだ、仕事を取るか、出産を取るかという時代。私は娘を育てることを中心に、小さくビジネスをやっていこうと決めました。あくまでも、「小さく」と思ってスタートしたのですが、それまでと同じように次から次へと仕事の依頼が来るので、仕事を絞っていくことにしました。娘を育てながら新しい働き方ができる会社とだけ、仕事をしていこうと決めたのです。

―― 2013年には「日本中の地域を宝の山に!」を理念に、株式会社たからのやまを設立されました。その経緯を教えてください。

ウィズグループで私はいつも、新しい技術や仕組みなど、最先端のところに身を置いていました。また、どこでも働けるスタイルを確立していて、月に4日ぐらいは両親のいる鹿児島に帰る生活をしていました。SNSの時代なのに両親のいる鹿児島の田舎町は、まだ電話だFAXだ、という時代で止まっている。私たちはどんどん先端を作っていたはずなのに、同じ日本で、私が月に数日帰るこの場所は何なんだろう。まるで20年前にさかのぼっているようで、今後もこの差は縮まることがなく、むしろ開いていくのだろうと感じました。そこで「どんな場所でも、どんな年齢でも、皆がしっかりとITの恩恵を受けられる活動をしたい」と思い、立ち上げたのがたからのやまです。

たからのやまの事業内容は、地域の高齢者の声を集めて、それらを先端のIT企業やスタートアップ企業にフィードバックすることです。東京やシリコンバレーにいると、「おじいちゃんもおばあちゃんもSNSを使えば良いのに」と思いがちですが、それはおじいちゃんやおばあちゃんに「原宿に行って服を買いなさい」と言っているのと同じことです。それよりも、生活に必要なものを作り出す拠点を地域に構えようと考えたのです。

「それでもうかるんですか」とよく聞かれますが、はっきり言って、もうかりません。私はたからのやまという会社を、ウィズグループの子供みたいなものと考えています。せっかく成熟した親になれる会社があるなら、すぐにはもうからない子供としての会社があってもいいんじゃないかと。子供を育てるのと同様、小さい会社をじっくりと育てていくというスタンスで始めました。発想としては、CSRを企業化したようなもので、資金を集める仕組みを確立するために会社にしました。最初はお金を生み出せなくても、徐々にその活動が広がっていき、10年後にはもうかる会社になっているという確信があります。

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最終更新:7/19(水) 7:30
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