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柏を飛び出し、あえて選んだJ2での挑戦。湘南・秋野央樹が一気に加速させる成長速度

7/21(金) 11:45配信

フットボールチャンネル

 異色に映る挑戦が、大きな成果をあげつつある。加入4年目で柏レイソルの主軸を担うようになった昨シーズンのオフにあえて期限付き移籍を志願し、J2への降格が決まっていた湘南ベルマーレの一員になった天才肌の司令塔・秋野央樹。自らに足りない強さと激しさ、前へと攻める姿勢を「湘南スタイル」に求めた22歳のレフティーは、16日の東京ヴェルディとのJ2第23節で豪快なミドルシュートを一閃。待望の移籍後初ゴールを触媒にしながら、成長へのスピードを一気に加速させる。(取材・文:藤江直人)

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●昨季途中から抱えていた悩み。「違うチームに身を置くべきなのか」

 数字は右肩上がりの軌道を描いていた。出場試合数。先発回数。そして、プレー時間。トップチームに昇格した2013シーズンからすべての部門を順調に伸ばし、4年目だった昨シーズンはそれぞれ23試合、20回、1754分間をマークした。

 3月12日のジュビロ磐田戦では、待望のプロ初ゴールもゲット。バンディエラ・大谷秀和が不在のときは、左腕にキャプテンマークも巻いた。柏レイソルの心臓部を担う存在となっても、秋野央樹(ひろき)の心に巣食った不安は時間の経過とともに大きくなっていった。

「昨シーズンの途中くらいから、このまま試合に出ていても、自分の伸びしろがそれほどないんじゃないかと感じていた。もちろんレイソルでも伸びないことはないですけど、自分のプレーの幅というものを広げたいと考えたときに、違うチームに一度身を置くべきなのか……いや、置く必要があると思ったんです」

 シーズン終了が近づいたときに、意を決した秋野は強化部へ「一度クラブを出たい」と期限付き移籍を志願した。時をほぼ同じくして、J2降格が決まっていた湘南ベルマーレからオファーが届いた。師走の都内某所。曹貴裁(チョウ・キジェ)監督と面談の場をもった。

 ベルマーレへ期限付き移籍した経験をもつFW武富孝介、柏レイソルU‐12時代からの盟友でもあるMF中川寛斗から、曹監督のことは聞いていた。厳しくて、熱くて、それでいて優しい。大きな背中を誰もが慕い、ついていきたくなる。秋野は思いの丈を訴えた。

「変わりたいんです」

 曹監督はわざわざ用意してきた秋野のプレー映像を見せながら、ベルマーレに与えてほしい武器、ベルマーレで伸ばせる長所、ベルマーレで改善できる短所を丁寧に説明してくれた。

 交渉というよりは、むしろアドバイスに近かった。何度も言葉を交わしているうちに、すべての不安が取り除かれていくのを秋野は感じていた。

「この人のもとでなら自分の可能性はどんどん広がるんじゃないか、自分のサッカー人生を未来から逆算したときに、いまこそベルマーレでプレーすべきなんじゃないかと思えたんです。カテゴリーのところは少し迷うところがあったんですけど、曹さんと話して移籍を即決しました」

●ベルマーレに抱いていた畏敬の念

 ベルマーレには畏敬の念を抱いていた。走る。とにかく走る。球際の攻防では執念を前面に押し出してくる。怒涛のごとく前へ、前へとプレッシャーもかけてくる。敵として対峙した2015、2016シーズン。アグレッシブさに辟易としながら、すべてが自分に足りないものだと感じてもいた。

 曹監督のもとで育まれてきた「湘南スタイル」を、自分の体にも脈打たせることができたら――。自分が絶対に変われるという確信を抱いたとき、J2の舞台でプレーすることへのちょっとした抵抗感は、いつしか期待へと変わっていた。

 曹監督が課す練習は質、量ともに実戦さながらのハードさで知られ、新加入の選手たちのほとんどが最初は圧倒される。2014シーズンの夏に横浜F・マリノスから期限付き移籍したMF熊谷アンドリュー(現ジェフユナイテッド千葉)は、合流初日の練習を終えてこんな言葉を残している。

「このチームはサッカーではなくて、格闘技をやっているのかと思った」

 シーズン開幕へ向けた練習でも然り。始動日からいきなりエンジン全開のパフォーマンスが求められる。連日のように二部練習が組まれていたなかで行われた、1月中旬の新体制発表会見。自己紹介の順番が回ってきたFW野田隆之介(前名古屋グランパス)は、苦笑いしながらこんな断りを入れている。

「すみません。全身が筋肉痛なので、座ったままでしゃべらせていただきます」

 秋野にとっても初体験となる濃密な日々。それでも「期待以上の練習量で毎日が充実しています」と、努めてポジティブにとらえていた。猛練習を歓迎するスタンスは、半年近くがたったいまも変わらない。

「それを求めてここにやってきたので。ハードなところもありますけど、それが自分の身になっていると実感しているので。厳しいですけど、苦しくはないです」

●5試合連続の先発落ち。自問し続け、何をすべきかがクリアに

 むしろ苦しんだのは、体に染みついたプレースタイルを変えることだった。レイソルではボランチを主戦場として、利き足の左足から繰り出される長短の正確無比なパスでゲームを作り、アカデミーを含めたクラブ全体で志向するポゼッションサッカーの中心を担った。

 翻ってベルマーレの「湘南スタイル」は、縦への速さを土台にすえる。攻守両面で相手よりも数的優位な状況を作り続け、全体のパスのうち70%を縦方向へ、と求められる。しかし、縦パスはボールを失うリスクをも背負う。頭では理解していても、いざピッチで実践するとなると難しかったのだろう。

 開幕からボランチとして出場してきた秋野は、ジェフとの第5節で90分間をベンチに座ったままで終える。続くカマタマーレ讃岐戦は先発に復帰したが、チームは0‐3でまさかの大敗を喫する。そして、東京ヴェルディとの第7節以降は5試合連続で先発から外れた。

「ああいう時期があって、いまがあると思っているので。あのときは本当に苦しかったし、試合に出られないことは悔しかったけど、いま思えば僕には必要だったのかなと。ちょうど僕自身が悩んでいた時期だったので、何をするべきかをクリアにするうえで逆にいい時間でした」

 小学生時代から13年間も在籍し、昨シーズンから指揮を執る下平隆宏監督のもとで主力を担う可能性も十分にあったレイソルを飛び出すに至った原点を、あらためて自問自答した。自分が変わるために来たんじゃないか――。縦への意識を強め、「湘南スタイル」へ適応するんだと何度も言い聞かせた。

 プレーよりもメンタル面で悪戦苦闘しながらも少しずつ、確実に変わりつつある秋野を、曹監督は見守ってきた。あえて手は差し伸べない。自分の力ではい上がってくるのを待ち、機は熟したと判断した5月7日のFC町田ゼルビア戦から先発に復帰させた。

「レイソルにいたときよりも、もしかするとパスミスや雑な部分が増えているかもしれない。それでも目の前の試合に勝ちたい、目の前の相手に負けたくないという秋野の気持ちがピッチに落ちているのは、選手として成長するという意味で、非常にいいことだと僕は思っている」

●試合後記者会見で、自ら秋野について語りだした指揮官

 迎えた7月16日。ゼルビア戦から数えて12試合連続で先発に名前を連ねた東京ヴェルディとのJ2第23節で、秋野は追い求めてきた答えのひとつを手繰り寄せた。ホームのShonan BMWスタジアム平塚を埋めた、ファンやサポーターを驚愕させたのは後半33分だった。

 左サイドでパスを受けたFW山田直輝が、素早くターンしてゴール前へパスを送る。MF石川俊輝が小さく落としたボールに、走り込んできた秋野がペナルティーエリアの外から左足を一閃する。アウトサイドにかかった強烈な弾道が対角線上を切り裂き、ゴール右へと突き刺さった。

 視察に訪れていたアカデミー時代に薫陶を受けた恩師で、2015シーズンにはレイソルの指揮官として秋野を重用したヴァンフォーレ甲府の吉田達磨監督が「素晴らしい。本当に素晴らしい」と称賛した移籍後初ゴール。秋野も笑顔を弾けさせ、ガッツポーズを繰り返した。

「最初は(山田)ナオキ君からパスをもらって、そこからどうにかしようと思ったんですけど。トシ君(石川)にパスが入ったので、自分に落としてくれと要求しました。いいボールが来たし、感触もすごくよかったので、蹴った瞬間に入ると思いました」

 リードを2点に広げる貴重な一発でダメを押したベルマーレは、そのままヴェルディを完封する。5勝2分けと7戦連続の負けなしで首位をガッチリとキープした試合後の公式会見。試合を総括した曹監督は「ちょっと秋野のことを話したいと思う」と、神妙な表情を浮かべながら自ら切り出した。

「後半のあの時間帯であそこまで出て行って、あのミドルシュートを決めるのはアイツにとってサッカー人生で何回かしかないというか、初めてだったかもしれない。でも、レイソルにいたときより成長したというよりは、秋野本人がもともともっていたものだと僕は思っている。

 僕たち指導者がいかに障害をなくして、選手がもっているものを発揮させてあげられるかが、どれだけ大事なことか。このチームを引っ張りながら成長していって、日本のサッカー界をも引っ張っていけるような選手の一人になってほしいと、ゴールが決まった瞬間にすごく強く思いました」

●「ベルマーレに行ってよかったと思えるように」

 年代別の日本代表に選出され続け、2011年のFIFA・U‐17ワールドカップではベスト8に進出したチームの中心を担った秋野を曹監督も高く評価。昨シーズンのベルマーレにかけていた、正確無比なパスの出し手としての期待をかけてオファーを出した。

「足は遅いけど、それでも怖がることなくボールへ行く姿勢や前へ出て行く力は、開幕のころよりも確実についている。まだ22歳と若いし、そういうプレーをよりできるようになればアイツの技術がさらに生きる」

 ベルマーレの一員になって約半年。成長の跡がはっきりとわかるからこそ指揮官は目を細め、残りのシーズンでさらに成長を加速させたいと意気込む。曹監督の厚い信頼と深い愛情を背中に感じるからこそ、秋野も待望の移籍後初ゴールをマイルストーンにしたいと力を込める。

「相手のゴール前に出ていく回数や質は、今シーズンの課題としてあげていたので。それが実になってよかったですし、そういうプレーをできるようにするためにここに来たので。ちょっと時間がかかってしまいましたけど、ゴールという結果になってよかったし、これからどんどん増やしていきたい。

 いまはまだ実感がないですけど、後々考えたときに、ベルマーレに行ってよかったと思えるように、これからもしっかりとやるだけですね。ただ、バックパスの数が減ったというか、自然と前を向けるようになったし、前への意識というのは少しずつ変わってきているのかなと思います」

 天性のパスセンスを駆使するファンタジスタに、激しい闘いを厭わない体と心を融合させた理想の姿を求めて。真夏の消耗戦、勝負をかける秋の陣、そしてJ1昇格をかなえて最後にチーム全員で笑う大団円を思い描きながら、遠回りに映るJ2での戦いを最短ルートに変えるための秋野の挑戦は続く。

(取材・文:藤江直人)

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