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世界の舞台で戦ったスラムダンク奨学生、鍵冨太雅が描くNCAA挑戦

7/21(金) 11:31配信

webスポルティーバ

 7月上旬、スラムダンク奨学金10期生(※)の鍵冨太雅(かぎとみ・たいが)はエジプトのカイロにいた。U19日本代表の一員として「U19ワールドカップ」を戦っていたのだ。

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※スラムダンク奨学制度=漫画『スラムダンク』の作家・井上雄彦氏の「バスケットボールに恩返しがしたい」との想いで設立されたプロジェクト。奨学生をプレップスクール(大学に進学するまでの私立学校)に派遣し、14ヵ月間、勉強とバスケットボールのできる環境を提供している。

 今年の春以降、彼は目まぐるしい日々を送っていた。スラムダンク奨学生として渡米し、コネチカット州にあるプレップスクール「セントトーマスモア」での留学生活が始まったのが4月。一方、U19代表は4月から6月にかけて毎月1回、東京で合宿を行なっており、鍵冨もそのたびに留学先から日本に戻ってきていた。

 普通なら留学生活に慣れるのに精一杯で、日本代表の活動まで手が回らないところだろう。だが、鍵冨の場合はどちらも経験していたことがプラスとなった。

 彼にとってアメリカでの生活は2度目。小学生のときに父親の駐在に伴ってニューヨークで暮らし、地元AAUチーム(クラブチーム)でもプレーしていた。そのため、英語でのコミュニケーションができ、留学前からアメリカのバスケットボールがどういうものかもわかっていた。過去の奨学生と比べて現地の生活に慣れるのに、さほど時間はかからなかった。

 鍵冨は言う。

「(アメリカでの生活には)割とすんなり慣れました。普通の日本人がぶつかるような壁にも当たらず、けっこう大丈夫でした。日本との行き来も、ひとりでトロントの空港で乗り継いだり、シカゴ空港で乗り継いだりしなくてはいけなかったんですが、英語がわかるのでどうにかできました。アメリカに住んでいた経験がなかったり、英語がしゃべれなかったら大変だっただろうな、とは思います」

 日本代表としての活動も初めてではなかった。U19ヘッドコーチのトーステン・ロイブルとは、中学生のときにジュニアエリートアカデミーのビッグマンキャンプで教わって以来の間柄。その後、U16、U18でもロイブルコーチ率いるチームで活動している。それだけに、誰よりもコーチの考えを理解しているという自負もあった。

「中学3年のときからずっとビッグマンキャンプでトレセン(味の素ナショナルトレーニングセンター/東京)に通って、トーステンコーチから基礎技術やディフェンスのコンセプトを習ってきました。そのビッグマンキャンプのメンバーから自分だけがU19代表の最後までずっとトーステンコーチのもとで選手としてやれたということ、しかも(4月以降は)アメリカと行き来しながらここまでちゃんと来られたということは自信にもなっていますし、自分を誇りに思っています」

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