ここから本文です

漫画『もやしもん』はなにを可視化したのか:漫画家 石川雅之、ドミニク・チェン対談

7/21(金) 19:14配信

WIRED.jp

情報学研究者のドミニク・チェンが「情報社会と発酵」というテーマについて、さまざまな角度からの検証を試みていく本連載。今回から2回にわたり、マンガ『もやしもん』の作者、石川雅之との対談をお届けする。「発酵」に対する社会的認知に革命的変革をもたらしたと言っていい同作品は、いかなる背景から生まれたのか。そしていま改めて、『もやしもん』から読み解くべきこととは!?

『もやしもん』の菌たちがあちらこちらに登場。

最初は戦争モノを描こうと思っていた

ドミニク はじめまして。この度は、本連載ページのあちこちに『もやしもん』の菌の皆さんをご登場させていただき、ありがとうございます。

石川 いえいえ。

ドミニク ぼくは『もやしもん』をリアルタイムで読んでいましたが、今回の対談にあたって全巻読み返しました。すると、最近になってよく考えていることがすでにここに書かれている気がして、改めてすごく先見の明にあふれる作品だなと思いました。ぼくが勝手な読み方をしているだけかもしれないのですが、『もやしもん』だけではなく、『純潔のマリア』や『惑わない星』にも、石川さんの作品には通底するテーマがある気がしています。そもそも『もやしもん』では、どうして菌、発酵をテーマにしようと思ったんですか?

石川 最初は群像劇みたいなことをやりたかったんです。たとえばモブシーンがあって、上から見下ろしてバーっと人がいたときに、大きな足がビチャっときて、足が上がるとぺちゃんこの人もいれば、ギリギリ助かった人もいれば、半分助からなかった人もいる。で、「どうした?」ってそれを周りで見てる人たちがいる、という絵を1コマのなかで描きたいと思ってたんです。

最初は戦争モノを描けばいいのかなと考えたのですが、もっと身近なものにしたいと思ったんです。それで、大学を舞台にする発想に行き着いたんです。足は落ちてこないけど、「いろいろな人が1コマのなかでいろんなことをしてるとしたら…」というところから構想が始まりました。ただ、一般的な大学を舞台にしても勉強してるだけじゃないですか。たとえば30歳くらいになって、「大学時代のやつらと飲もう」となったときに、「勉強辛かったね」って話じゃ盛り上がりませんよね。酔っ払って2階から落ちたとか、勉強以外のことが面白いから盛り上がるはずですよね。でもそれだけだったら大学である必要はない。外から見て「なんだあの学校は?」「なにをやってるんだ?」という大学はどこだろうって考えたときに、農業大学というアイデアが浮かびあがったんです。白衣を着ている人がウロウロしてるのに、豚とか馬とかもいて、毎日なにをしているの?っていう疑問がスタートでした。

ドミニク なんと、そうだったんですね。それにしても、どうして「農大」というテーマが目に入ってきたんですか?

石川 東京農業大学の近くに住んでいた初代の編集さんが、アイデアを出してくれたんです。「じゃあ一度東京農大を見に行こう」となって。あと、ぼくが住んでいたのは大阪の堺という場所なのですが、そこにも大阪府立大学農学部(現 大阪府立大学 生命環境科学域)があって、一般の人も学内に入ってよかったんです。なので、小さいころからザリガニ釣りとかに行ってたんですよ。そのときから既に、「この学校こんなに大きいけどなにしてるのかな」という疑問は潜在的にあったのだと思います。

ドミニク へえ、子どものころから農大への好奇心が育っていたんですね。

石川 はい。それで東京農大を見学してみると、たとえば微生物学っていうご大層な名前がついてるけど、お酒とかお味噌とか毎日使うモノにまつわる勉強をしているってことを知って、そこからですね。「じゃあ菌を入れていこう」となったのは。最初から菌ありきではなかったんです。

ドミニク 群像劇が描きたいっていうところから菌の世界へと次第に移っていったという過程がすごくおもしろいです。前から思っていたことなのですが、『純潔のマリア』の1巻を読んだときに、お城がドラゴンに攻められるシーンがあって、そのモブシーンがものすごく印象に残っていたんです。人々がワ~ッと動いてて、ごった煮になってる。それを横からの引いた視線や俯瞰で見たりしてますよね。そのシーンと、『もやしもん』のなかで菌が遥[編註:登場人物のひとりで、農大の大学院生]のベッドルームに付着したり、もしくは農大のお祭りの人々の描きかたとかだったり、石川さんは大量にエージェントが動いている絵をものすごく楽しそうに描いてるなぁと思ったんですね。

ドミニク 石川さんはすべてアシスタントなしで描かれているのは知っていたんですけど、モブシーンへの執着みたいなものがあるのですか?

石川 そうですね。背景ってすごく大事だと思っています。ぼくは黒澤明さんの映画が大好きなのですが、『羅生門』をはじめて観たときにびっくりしたんですよ。三船敏郎(盗賊・多襄丸)が自らの行動を証言するシーンの回想で、三船が木漏れ日の中に寝転がっていて「俺が寝っ転がっていたら風が吹いたんだ」って言って。この「木漏れ日のなかで寝っ転がってるだけ」で風をどう表現したかというと、影を揺らしたんです。そのとき「ああ、こうやって見せ方を工夫するのか」と思ったんです。

その後、画面手前にいる2人の主人公が言い争いをしてるとき、後ろの人たちが突っ立っているだけで演技をしていないことに黒澤さんが怒ったというエピソードを聞いて、「そうよね、背景じゃなくて人やもんね」って妙に納得しました。背景の説得力さえあれば、前の人物に多少難があっても空間全体として認められる、ということを黒澤映画から教えてもらったような気がします。

ドミニク なるほど。ゲームのNPC(Non Player Character)っているじゃないですか。RPGだと村人Aとか村人Bのように背景的な人物たちですが、彼らの存在に説得力がないと気持ちが萎えてしまうっていうのを思い出しました。石川さんのマンガは、たとえば農大のお祭りの、1回しか出てこない人の顔がすごく丁寧に、濃く描かれていますよね。アシスタントを使われるマンガ家さんの作品で、明らかにその先生の画風とは違うモブが出てくるときはすごい違和感を感じてしまいます(笑)。石川さんのモブは全部、石川さんご自身の渾身の一筆で描かれているように思えて、そこからにじみ出る世界観のリアリティがすごいですよね。『もやしもん』の菌たちも、もちろんスーパーデフォルメされていますが、ひとつひとつ綺麗に描かれているのを見て、とても引き寄せられる気がします。

1/4ページ

最終更新:7/21(金) 19:14
WIRED.jp

記事提供社からのご案内(外部サイト)

『WIRED Vol.28』

コンデナスト・ジャパン

2017年6月8日発売

630円(税込み)

特集「Making Things ものづくりの未来」。大量生産、大量消費の時代が終わりを迎えるなか、ヒトはいかにものと向き合い、それをつくり、使っていくのか。