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猛将・島左近を描く 比類なき哀感

7/21(金) 7:00配信

Book Bang

 歴史・時代小説の世界で猛将・島左近が再び脚光を浴びはじめたのは、隆慶一郎の『影武者徳川家康』あたりからだろうか。

 この作品では、死んだはずの左近が実は生きていて、家康の影武者・世良田二郎三郎と共に、権力の座に飽くなき執着を見せる秀忠を向こうに回して大活躍をする。

 谷津作品は、それ以来の面白さといっていい。この一巻で左近は、正に戦に魅入られた男として登場。一向に煮え切らなかった主君・筒井順慶が没した後、自分を大戦とめぐり合わせてくれる将を求めて、陣借り(雇われ)となり、豊臣秀長、蒲生氏郷の客将として武功をあげながらも転々とする。

 このあたり、なかなかユーモアが利いていて、仕官した大名家を辞すときは、多少縁を重ねた者からは詰問され、訳知り顔の者からは、男にはそういうときがあると、要領の掴めぬことをいわれ、人の好い者からは酒宴に誘われ、宿酔いの覚悟をせねばならぬ、と、前半は楽しく読んでいられる。

 が、私たちは、左近がどういう運命を辿るか知っているし、遂に石田三成と出合った頃から、作品は俄かに陰翳を帯びてくる。

 左近は、大戦の匂いを嗅ぎつけ胸躍らせているが、時代はもはや戦なき世へと変貌を見せつつある。その戦なき世への第一歩となる天下分け目の関ヶ原の合戦で、次々と鬼謀を放つ左近。だが、この頃から読者は、『某には策があり申す』の〈策〉が哀しい逆説となっていくのを目の当たりにすることになる。

 そして哀しいといえば、本書は左近の長男・新吉の哀しい成長譚でもある。

 作者は、左近の流転のさまや、関ヶ原の合戦へ向けての諸将の動向など、最新の資料をもとにして物語を紡ぎ、これまでにない仕上がりとした。

 結末に漂う哀感も、これまた比類がない。

[レビュアー]縄田一男(文芸評論家)

新潮社 週刊新潮 2017年7月20日文月増大号 掲載

新潮社

最終更新:7/21(金) 7:00
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