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ハーリー・レイス『ローズ家の戦争』のあとで――フミ斎藤のプロレス読本#050【全日本プロレスgaijin編エピソード18】

7/21(金) 8:50配信

週刊SPA!

 199X年

 ハーリー・レイスが待ち合わせ場所に指定したのは、カンザスシティーのダウンタウン、ブロードウェイ通りにある古ぼけたダイナーだった。

 約束の時間よりも5分早くお店に現れたハーリーは、顔なじみらしい中年のウエーターとひと言、ふた言、あいさつを交わし、ゆっくりとこちらのテーブルに向かって歩いてきた。

「ここはすぐにわかったか。メシはすんだか。この店に来たら、いつもローストビーフ・サンドウィッチを注文するんだ」

 ハーリーは4人がけのブースにどっかりと腰を下ろした。あいからわずドスの利いた声で、ナチュラルなカールのかかった短めの髪は“美獣”のイメージどおりだ。

 ダウンタウンのすぐ近くのウエストゲートという町でちいさなアパートメントを借りて、ひとり暮らしをはじめたばかりなのだという。イボンヌ夫人との離婚裁判が終わるまでリアウッドにあるお屋敷には近づくことができない。

 いったいいつになったらお金のかかる弁護士との交渉から解放されるのかわからないけれど、とりあえず裁判をスムーズにすすめるため、ハーリーは住み慣れた家を出た。追い出されたといったほうが正確かもしれない。

「ずっと昔からスーツケースひとつで暮らすことには慣れていたから、いまの生活は苦にはならない。なんでも自分でできる」

 ミズーリ州オイトマンというちいさな農村に生まれ、5人兄弟の上から二番めとして育ったハーリーは、14歳で家を出て、15歳のときにプロレスの世界に入った。

 ガストー・キャラスというプロモーターのもとでアイオワのサーキットをまわったあと、イトコ――ほんとうの親せきではないけれど、ずっとイトコということになっていた――の“人間空母”ハッピー・ハンフリーといっしょにニューヨークのバッファローに流れていった。旅の足はいつもヒッチハイクだった。

「旅の途中で出逢ったゆきずりのガールフレンドと結婚して、それからしばらくしてひどい交通事故に遭って、オレの……つまり、最初のワイフが死んだ。オレも左腕と右脚を折っちまって、もうレスリングができないと医者にいわれた」

「17歳か18歳のころだったかな。でも、ガス・キャラスが手術代を出してくれて、どうにか、オレの体は元どおりになった。足さえ動くようになれば、またリングには上がれると思った。1年後にはまたレスリングをはじめた。あのとき、キャラスの世話にならなかったら、いったいどうなっていたかな」

 そこまで話すと、ハーリーはコーヒーのお代わりを注文した。

「かまわないから、なんでも聞いてくれ、なんだって話してやるから」

 空になったコーヒーカップを左手でくるくるとまわしながら、ハーリーは大きなため息をついた。

「オレがこの世界に入ったころはな、レスリングを習わされたんだよ。オレはスタニスラウス・ズビスコのコーチを受けたんだ。いまの連中に必要なのはステロイドのボトルと、バンプ(受け身)の取り方だけだろ。昔のレスラーは、いつだって60分フルタイム闘うつもりでリングに上がっていたよ。いまそんなレスラーはいないだろ」

「オレは“世界”のベルトを腰に巻くまで15年間も前座をやったんだ。世界じゅうのリングでね」

 ツアー生活をしなくなったハーリーは、知らず知らずのうちにレスリング・ビジネスを外側からながめるようになっていた。WWEのリングで起こっていることも、WCWのバックステージのポリティックス(政治面)も他人事でしかない。

「WWEの仕事がきついといったって、しょせんアメリカ大陸のなかを行ったり来たりしているだけじゃないか。オレはひとつのテリトリーに1週間以上いたことなんてなかったよ。それを30年もだ。WWEの連中が文句をたれはじめると、オレはいつもこのはなしを聞かせてやることにしている……」

「金曜の夜にトーキョーにいた。日付変更線を飛びこえて、同じ金曜の夜はセントルイスにいた。土曜の朝7時にセントルイスを発って、夜にはプエルトリコのサンファンにいた。なにをやってたかって? 60分時間切れドローを3試合やったんだ。もちろん、次の日は1日じゅう寝てたけどね」

 レスリング・ビジネスのいちばんいいところは、旅ができること。世界をみてまわること。遠い外国にたくさんの友人をつくること。もし、プロレスをやっていなかったら、14歳で家出をした不良少年が地球の裏側まで足をのばすことなどなかっただろう。

 旅から旅への生活は、中学で学校をやめたハーリーをたいへんな読書家にした。世界じゅうにいる友だちに手紙を書く習慣ができた。「それに」とハーリーはつづけた。

「それに息子のジャスティンを子どものうちから海外に連れていってやれたことかな。彼は10代で日本、オーストラリア、ニュージーランドをみた。外国を知ることは、けっきょく、自分の国、自分のバックグラウンドを知ることにつながる。息子にはいい教育を受けさせてやりたかったんだ。オレはハイスクールさえ出ていないからね」

 ひとり息子のことを話しはじめると、とたんに饒舌になった。すっかりさめてしまったコーヒーをぐいっと飲み干すと、ハーリーは「これからジャスティンに会いにいこう」といい出した。

 20歳になるハーリーの長男は、テキサスのサザン・メソディスト大学で寮生活を送っているが、いまはちょうど夏休みでカンザスシティーに帰ってきているという。

「ジャスティンの母親は、さいわい今週末は家を留守にしている。弁護士の先生に怒られるかもしれんが、ちょっとだけならかまわんだろう。いっしょに来てくれ」

 リアウッドにある大きな家は、家族3人が仲よく暮らしていたころとまったく同じ状態のままになっている。イボンヌさんは、離婚が成立したあともこの家に住むつもりらしい。ハーリーの現役時代のリング衣装、トロフィー、写真や雑誌類などはすでにガレージの奥の物置きに移されている。

「『ローズ家の戦争』っていう映画は観たかい。まあ、あれと同じだと思ってくれ。ジャスティンが大学に入って家を出てしまい、オレはオレでそのころWWEのツアーでまた家を空けるようになって、イボンヌはひとりだけ置いてきぼりにされたような気がしたんだろうね」

 玄関のベルを何度か鳴らすと、家のなかからジャスティンが顔を出した。ハーリーとジャスティンはいまでももちろん仲のいい父子だ。両親が離婚係争中だといっても、ひとりっ子の長男はとくにどちらの側についているわけでもない。

 アメリカは離婚の国だ。ジャスティンはジャスティンで、これからも自分の意思でお父さんともお母さんとも仲よくやっていくつもなのだろう。プロレスにはあまり興味がないようだが、これはしようがない。

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:7/21(金) 8:50
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