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シネコンは新作だけを上映すべき? 立川シネマシティ「夏の極上爆音上映フェス2017」の挑戦

7/22(土) 15:00配信

リアルサウンド

 東京は立川にある独立系シネコン、【極上爆音上映】等で知られる“シネマシティ”の企画担当遠山がシネコンの仕事を紹介したり、映画館の未来を提案するこのコラム、第18回は“シネコンは新作だけを上映すべきか?”というテーマで。

 すっかり日本の映画ファンの生活にもなじんだ、と言ってもいいでしょう、動画の定額配信サービス。Netflix、Amazonプライムビデオ、Hulu、dTV等が代表格ですが、映画館で年に数回程度観るくらいの映画ファンであれば、いずれかに加入している率はそこそこ高いのではないでしょうか?

 僕は仕事柄、Netflix、Hulu、Amazonプライムにサービス開始直後から加入しています。最初は「映画館最大の敵」になるかも知れない、という不安もありましたが、しばらく経って落ち着いてみれば、今では「映画を観るのが目的で動画配信サービスに入った人、全員映画館でも映画観る説」を提唱したいくらいの感覚があります。

 ただ、これはあくまでも都市部に住む人間の感覚で、映画館が近隣にない地域の方には当てはまらないかも知れません。

 僕はほぼ毎日、どこかしらのサービスで映画か連続ドラマを観ていますが、その日々の中でしばらく前から「これ、映画館の未来のカタチのひとつになり得るかもな」と感じていることがあります。

 それは「トップページのあり方」です。各社差異はありますが、先ほどの3社はほぼ同じようなユーザーインターフェイスです。最上段に主に新しく追加されたコンテンツが大きめに表示され、それ以下は「新着」「話題」「視聴中」など様々なカテゴリーで分類されています。ここでのポスター画像サイズはすべて共通です。情報に「偏重」がないのです。

 今回、深掘りしたいのは「新着」というところです。ここで重要な点は「新作」ではないということです。例えば執筆時点でのNetflixの「海外映画」というカテゴリーに並んでいる作品を並んでいる先頭からいくつかピックアップしてみましょう。『心のカルテ』(2017)※Netflixオリジナル作品、『パシフィック・リム』(2013)、『トランスフォーマー/ロストエイジ』(2014)、『マトリックス』(1999)、『ダークナイト ライジング』(2012)、『フィフス・エレメント』(1997)、『MIB3』(2012)、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』(1985年)などなど。

 80年代90年代の作品も、今年の新作も同じように情報の重みに偏りなく並列されているこのスタイル。まさに「ネット的」な配置です。これが、同じ動画サービスでも1本ごと買い切り/レンタルサイトだとこうはならないでしょう。定額サービスならではの並べ方だと思います。この公開時期を無視した配置には、一般的な「新しいものをより売りたい」というビジネスのルールはありません。もちろんそのサービス内では「新着」=「新作」の順番に並んでいるのかも知れませんが、ユーザーにとってはそうではありません。

 定額サービスは会員をキープすることが収益のすべてであり、会員が新作を観ようが旧作を観ようが、本質的には変わりがありません。だからこういう並べ方ができるのでしょう。

 映画館は、名画座をのぞいて、新作を上映します。ラインナップに並んでいるのは基本的には新しい作品です。ビジネスとしては当然のことですが、しかしこの「当たり前のやり方」は世の中がネット化していく中でいつまで通用するのか、とも感じています。

 もちろん旧作上映がシネコンのメインの収入になる逆転など起こるはずもありませんが、新作しか人を集めることができないわけではないのは確かでしょう。映画は映画館で観るしかなかった時代とは違って、映画館で映画を観ることの趣味性が高まってくればくるほど、上映作品の多様化への要求も高まるはずです。

 動画や音楽の定額配信サービスに見られる、現実の商空間にあるライブラリーではちょっとありえないフラットな商品配置は、しかし僕らの感覚に馴染んできてはいないでしょうか。これはレンタルビデオ店では起こらなかった感覚です。

 YouTubeならもっと極端です。特に10代や20代前半の、幼い頃から動画配信サイトを見ていて、映画や音楽の、新旧の序列があいまいなことが当たり前の世代においては、より一層強いのではないかと思います。

 しかし、よく考えてみれば、これは特に新しいことでも、奇異なことでもないでしょう。とっくの昔からアーカイブに対してかなり自由にアクセス可能だった図書館ではそうなっています。

 例えば中高生に聞いたら、東野圭吾とアーサー・コナン・ドイルのどちらを読んだことがある人が多いでしょう。少年向けの「シャーロック・ホームズ」が多く出ているという強みもあって、ドイル作品は今でもかなり健闘するはずです。もしかしたら上回るかも知れません。「ホームズ」は130年も前に書かれた作品にも関わらずです。

 アーカイブへのアクセス手段が拡張されていけばいくほど、これと似たようなことが映画の世界でも起こっていくのは必然ではないでしょうか?

 もう少し具体的な話題に戻しましょう。

 シネコンで過去作を上映するのは、実はそれほど易しいことではありません。映画館という商売は、自分の店に仕入れた商品を並べる、というよりも、百貨店のようにスペースを貸して、館のルールに従いながらもそれぞれの店がそこで商売をする、という感じに似ています。

 つまり、そこには「棚争い」が発生します。映画館がまったく自由に上映回数やスクリーンサイズ、上映期間を決められるわけではありません。どの配給会社も自社の新作の数字を上げることに必死です。

 そのような棚の争奪戦のところに、劇場側が旧作を上映したいと望んでも、そうカンタンに「わかりました」とならないのは至極当然なことです。まず1つの劇場のために、忙しいさなか上映素材を手配しても、いくらの儲けにもなりません。手間なだけです。それに加えて、そのことで自社の新作の上映回数が減るかもしれません。特に立川シネマシティは何をやらかすかわからない、と思われているかも(笑)。

 しかし10数年前から旧作上映には「デジタルリマスター」という追い風が吹いています。フィルムというのは大変優秀で、手間をかけて高い精度でスキャンしてデータ化し、汚れやゴミを取り除いたり色調を調整したりすると、つい最近撮影したかのような画質を取り戻します。それくらい情報量が多いんですね。

 サウンドも同じようにリマスターし、場合によっては5.1ch化して、まあモノによってはちょっと不自然になることもありますが(笑)、公開当時にはスピーカーの性能からして鳴らせなかったような音で上映できます。これはファンには嬉しい。

 このように付加価値をつけたり、上映のタイミングや、上映の打ち出し方、宣伝方法を工夫することによって、多くの映画ファンに観たいと思ってもらうことは可能です。さらに上映することで新作にもメリットがあるようにできれば、配給会社にも喜んでもらえます。誰かだけでなく、いっそ全員を幸せにする方法を考え抜くことで、実現できることがあります。
 理想を語るだけでなく、実際にこれからシネマシティで行うことを示しましょう。シネマシティでは春に行った「ミュージカル劇場宣言!」という新旧を織り交ぜたミュージカルフェスと、「春の極上爆音上映祭2017」の大きな成功を踏まえて、今夏「夏の極上爆音上映フェス2017」というまたしても「フェス化」を行います。

 これが、全員を幸せにするための、僕の出した回答のひとつです。この対象作品を公開順に見ていってください。夏の作品をただ並べたように見えるかも知れませんが、ヴァラエティを持たせてきちんと対象をばらけさせています。大作あり小規模作品あり、新作あり旧作ありで、それらをまとめて告知することで、本来届かなかったはずの層に情報を届けられる可能性を高めています。

 さらにシネマシティだけのリヴァイヴァル上映を入れ込むことで、ニュースの独自性、話題性を一気に高めています。このことはイベント全体に好影響をもたらすはずです。

 今回の目玉は『ターミネーター2 3D』の公開に合わせて上映する『ターミネーター』の「1」です。以前『バック・トゥ・ザ・シアター』というTOHOシネマズの旧作上映企画で使われた素材を海外から取り寄せました。デジタルリマスターされて音も映像も美しく生まれ変わったヴァージョンです。

 もちろん、meyer soundの優れたスピーカーを備えた最大劇場で、音響家・増旭さんに調整をお願いして【極上爆音上映】を行い、ファンに爆上げした興奮と恐怖を届けます。

 【極爆】という付加価値をつけ、このタイミングで行うことで『T1』の興行力をアップさせ、そのことで『T2 3D』の宣伝につなげます。『タイタニック 3D』も素晴らしい仕上がりでしたが、ジェームス・キャメロン監督の3Dへのこだわりは相当ですので、今作もかなり期待できます。

 さらに昨年夏の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』3部作【極爆】に続いてシリーズ上映行うことで、「シネマシティは夏休みに何か仕掛けてくるぞ」という来年への期待感も醸成できます。それが有料会員に入会あるいは継続してもいいかもという理由につながり、シネマシティにとっても手間をかけるだけのメリットがあります。

 これで大体みんな幸せになれるはずです(笑)。そうして例え一歩ずつでも前に進むのです。

 映画館はかつては映画を観る唯一の手段でしたが、今は映画を観る方法はいくつもあります。そのため「映画を映画館で観る意味」をどの映画館も追求することを求められます。映画館で観る、その大きな理由のひとつは「外界から遮断された状態で、大画面、大音量で没頭して鑑賞したい」ということでしょうが、この時、それが新作であることはマストではないでしょう。

 動画配信サービスが「面白ければ、製作年度も制作費も関係ない。ジャンルも、題材も関係ない」というシンプルで観客目線に忠実なスタイルでフラットに作品を提供し始めている以上、映画館にもやがて影響があると考えられます。

 新作だけでなく旧作も、映画だけでなく音楽ライブも……と上映作品の多様化に取組むことも、新しい上映設備の導入と同じくらい映画館の未来を切り拓くのに重要なことだと考えています。映画館の存在意義が変わりつつあるからです。

 今回は映画の話に留めましたが、多様性の話で言えば、もはやとっくに映画と海外の連続ドラマの境界線は消え去っている、というテーマもあります。

 するとこの先、動画配信サービスは、逆に映画館のスクリーンを必要としてくるはずです。Huluで配信されている『ホロウ・クラウン/嘆きの王冠』が最近劇場公開されたことがそれを裏付けます。『SHERLOCK/忌まわしき花嫁』もありましたね。

 話は尽きませんが長くなりすぎました。その話題はまた、別の機会に。
 You ain't heard nothin' yet !(お楽しみはこれからだ)

遠山武志

最終更新:7/22(土) 15:00
リアルサウンド