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Kawasakiの名車GPZ900RがNinjaと呼ばれるようになった理由

7/22(土) 8:50配信

週刊SPA!

 1984年、Kawasakiを代表する名車が誕生した。その名はGPZ900R。Ninja(ニンジャ)の愛称で親しまれ、この名を冠する多彩なモデルが登場。やがて同社の設計思想を体現するマシンへと成長した。本稿はその軌跡をたどる。

⇒【写真】Z1の他、川崎の歴代オートバイ

 1986年に公開されたトム・クルーズ主演の映画『トップガン』で、彼の愛車としてGPZ900Rが登場し、一般にも認知されるようになったNinja。80年代に青春を謳歌した諸兄の多くが、「Kawasakiのオートバイ=Ninja」と連想するはずだ。

 ご存じのとおり、川崎重工はオートバイだけではなく、船舶や鉄道車両、航空機など、さまざまな製品を手掛けている。その歴史は古く、明治時代に設立された後、日本だけでなく世界の産業を支えてきた。オートバイ事業は、その長い歴史の中で戦後に誕生し、今日までに大きく発展している。

「戦後は、占領下で日本の航空機産業が禁止され、弊社はオートバイのエンジンの製造を始めました。その後、オートバイ自体を製造するようになるのですが、当時は航空機をつくりたくて入社した人間が多く、どうせつくるなら世界最高のマシンをつくろうという意識が強かったのだと思います」とは、川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニーの古橋賢一氏。世界最高を追求した結果、1972年に誕生したのが、4気筒DOHCエンジン(900cm3)を搭載した「Z1」。当時、レース車にしか使われていなかったエンジンを採用し、出力や最高速度、加速性能で量産車世界一を記録した。

●古橋賢一氏……川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー企画本部渉外部部長。特に印象に残っているNinjaは、「ZX-12R」

「Z1の誕生から約10年。技術が進歩し、スピードを巡る戦いはさらに激しくなっていました。再び世界一を目指したのが、GPZ900Rのプロジェクトです」

 だが、環境問題の観点から排ガス規制が強化され、クリーンさをより考慮しなければならなかった。

「GPZ900Rは当初、空冷6気筒エンジンで開発が進んでいましたが、環境と性能を両立するために、4バルブでいくことになったそうです。試行錯誤を繰り返し、弊社初の水冷4気筒DOHC4エンジンが完成しました」

 空冷と水冷を比較すると、水冷のほうが安定性や性能面で優れていたが、構造が複雑になるぶん、エンジンが重くなるのがネックだった。それを解決すべく、当時の最新技術をフル投入し、エンジンのコンパクト化に成功。世界最速を誇る、最強のマシンGPZ900Rが生み出された。

「当時の最高速度は、220km/hでしたが、GPZ900Rは250km/hを超えていました。社内でもかなりセンセーショナルだったと、先輩方に聞いています」

 Z1の北米市場での成功が、Kawasakiの地位を強固なものにした。GPZ900RもZ1に続けと、北米に各国のプレスを招待し、大々的な発表会を企画したが、直前になってある問題が起きてしまう。それは、GPZ900Rの愛称に関するものだった。

◆Ninjaという愛称の意外な誕生秘話

「北米では忍者ブームが巻き起こり、和製スーパーマンともてはやされていました。それで現地の販売会社に、Ninjaの名で売りたいと提案されました」と教えてくれたのは、同社の山崎修司氏。

「日本の本部は大反対でした。すでにGPZ900Rという名前を決めていましたし、日本人の持つ『忍び』のイメージと合わないと。相当話し合ったそうですが、相手が頑として折れず、北米だけはNinjaで売り出すことになりました。そのように決まったのは本当にギリギリのタイミングで、プレス向けの資料は、GPZ900Rの表記の上にNinjaのステッカーを貼って、配布したそうです」(山崎氏)

●山崎修司氏……同社企画本部事業企画統括室マーケティング部基幹職。印象的なNinjaは、「Ninja250」と初代Ninjaの「GPZ900R」

 販売会社の期待通り、Ninjaの名は北米だけでなく、世界中のファンに受け入れられた。

「今後、北米ではNinjaの名で販売していくという方針ははっきりしていましたが、正式なモデル名として、他の市場で採用されるのには時間がかかりました。Ninjaで初めて世界展開を行ったのは、1993年ごろだったと記憶しています。GPZ900Rの登場から約10年かかりました」

◆Ninjaを通して走る悦びと興奮を

 世界中にNinjaの名をさらに浸透させたのが、2008年生まれの「Ninja250R」だ。山崎氏は「このモデルの登場により、ブランドの裾野がさらに広がりました」と自信をのぞかせる。

「250cm3のクラスは、先進国ではエントリーモデル、新興国ではプレミアムモデルという位置づけです。Ninja250Rも新興国を中心にヒットするだろうと期待していましたが、先進国でも広く支持され、これまでのエントリーモデルの概念を変えました」

 その人気の秘密は、初心者向けのモデルでありながら、熟練者が乗っても走る楽しみを体感できるスペックを備えていたこと。デザインが優れており、上級モデルと較べても遜色なかったことなどが挙げられる。タイ工場で生産し、50万円を切る販売価格を実現したのも追い風となった。

 Kawasakiは、「Fun to Ride」(走る悦び、操る楽しさ)、「Ease of Riding」(乗りやすさ)、「高度な環境技術」を商品開発の基本理念として、独自のオートバイを作り続けてきた。当時の世界最高を目指したZ1やGPZ900R。初心者から熟練者まで多くのライダーを魅了したNinja250R。方向性は異なるものの、走りへの強いこだわり、「RIDEOLOGY」(ライディオロジー。走り=RIDEとこだわり=IDEOLOGYからなる造語)は変わらない。この設計思想を体現した新たなフラグシップモデルのNinjaが、生誕30周年の節目(2014年)に披露された。それがサーキット専用車の「Ninja H2R」だ。

◆川崎重工業グループが一致団結した成果

 開発リーダーを務めた同社の市聡顕氏は、「川崎重工業グループの粋を集めて、テクノロジーの頂点を目指したモーターサイクルが、Ninja H2Rです」と語る。

「新しいものをつくるときは、共通のイメージを持つことが非常に重要です。そこで、明確な目標を決めて開発に着手しました」(市氏)

●市聡顕氏……同社技術本部第一設計部第一課基幹職。1999年入社。Ninjaの設計部門に配属され、エンジンの設計に携わる。手にしているのは、スーパーチャージャーのインペラである

 開発チームが目標に掲げたのは、Ninjaの乗りやすさと、1969年の販売当時に圧倒的な加速力で業界を震撼させた、750SSマッハⅣ(H2)の融合だ。NinjaとH2の名を冠したモンスターマシンは、同社のガスタービンビジネスセンターや技術開発本部と新たに共同で設計・開発したスーパーチャージドエンジン(過給エンジン)を搭載。最高出力310ps、最高速度300km/hを優に超える異次元の加速パフォーマンスを実現した。

 もちろん安全性の配慮にも余念はない。

「これだけの性能があると、高速走行や急激な加速ですぐに前輪が浮き上がってしまいます。それを軽減して安定性を高めるために、弊社の航空宇宙カンパニーと開発した、カウルを路面に押し付ける空力デバイスを搭載しています」

 ほかにも、最先端のロボット技術によるフレーム製造など、川崎重工業グループの技術力が随所に盛り込まれている。現時点で最高のNinjaだが、Kawasakiのチャレンジは終わらない。

「Ninjaの進化の方向性の一つとして、人工知能を搭載したモデルが登場するかもしれません。天候や混雑状況を教えてくれたり、ライダーの体調を気遣ってくれたり……。相棒と対話しながら乗る喜びを提供したいですね」

 世界中のライダーをワクワクさせてくれる、新しいNinjaの誕生が、今後も期待できそうだ。

<Ninja H2R>

■希望小売価格:550万円(税別)■取扱指定店で受注生産。今年は受付期間終了■全長×全幅×全高:2070×850×1160mm■車両重量:216kg■総排気量:998cm3■最高出力:228kW(310PS)/14000rpm ラムエア加圧時:240kW(326PS)/14000rpm■燃料タンク容量:17L

<Ninja H2>

■流通価格:300万円前後■一部販売店にて輸入車を販売■全長×全幅×全高:2085×770×1125mm■車両重量:238kg■総排気量:998cm3■最高出力:150.8kW(205PS)/11000rpm■燃料タンク容量:17L

取材・文/黒田知道 撮影/林紘輝(本誌) 写真/川崎重工業モーターサイクル&エンジンカンパニー

日刊SPA!

最終更新:7/25(火) 16:47
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