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私は松居一代のことを笑えない<ハイスペック女子のため息>

7/23(日) 6:01配信

幻冬舎plus

1 「マツイ棒」まで使ってお掃除する女って怖くない?

 「いや~、こんなきれいなお姉さんと飲めて」

 「お姉さんって歳でもないですけど……」

 「そうだね。もう、おばさんか」

 カウンターで冷えた日本酒を飲みながら、私より8つ年上の男は軽く笑う。自分で卑下する分には何の問題もないことが、他人からあえて口にされることで刺さるように感じる。続けて彼は言う。

 「その倫理感とか、常識とか、この人に自分の子どもを育ててほしいって、そう思って、僕は結婚した」

 そっか。なるほど。結婚ってそういうものなんだ。なんとなく、自分が結婚できない理由が分かった気がする。そっか。私の倫理観、私の常識――それに自分の子どもを託そうと思う人っていないだろうな。なんか、自分で納得、うん。

 (なんで私は普通のことをちゃんとできないんだろう? )

 家に帰って、なんだかとても惨めな気持ちになる。私の人生はこのまま平坦に続いていくのかもしれない。年老いたときに、パートナーを持たず、子どももいないことを、私はきっと寂しいと思うのだろう。自分の人生が曲がり角から下り坂に差し掛かり、ゆるゆると老いを迎えるときに、若く昇っていく存在が身近にあることが、どれだけ希望になるのだろう。

 考え事をしたからか、暑さのせいか眠れない……

 「そうだ、松居一代のYOUTUBE投稿を見よう」と思いつく。

 最近、日本の多くの人がこの新しいユーチューバーから目を離せずにいる。正直、私はこの人が可哀そうだと思う。「夫に未練はない」という言葉が、これほど未練たらたらに響いたことが、かつてあっただろうか。自分で資産を増やす賢い女性が、愚かな姿をさらして日本中の笑い者になって。

 うちの妹によれば、百歩譲って船越英一郎が不倫をし、ここ数年松居一代がそれに耐えていたとしても、松居一代と結婚した15年超を耐え続けた船越英一郎の方が可哀そうだという。確かに、そうかもね。っていうか、なんでこの人と結婚したんだろうね。この人、こうなる前から、そういう傾向はあったよね。お掃除の仕方とかめっちゃ怖いしね。あんな隙間まで「マツイ棒」とかで掃除する人、めっちゃ怖くない? 

 とにかく、この人といると疲れるだろうという気はする。前にテレビで観たけど、彼女は常に何かをしている。朝起きた瞬間から、時間を最大限活用しようとする。何かせずにはいられないのだ。自分の能力の限りを尽くして闘う以外の選択肢を持たないのだ。待った方がいいとか、距離を置いた方がいい、一歩下がって冷静になろう、そういう発想をすることができない。

 ベッキーだって、「ゲス不倫」と言われて大きなスキャンダルに巻き込まれたとき、その大きな黒い不幸が頭上を通り過ぎていくのをずっと待っていることができなかった。会見を開き、週刊文春に直筆でお詫びの手紙を書き……

 スタジオジブリの『魔女の宅急便』の中で、主人公の新米魔女キキが魔法の力を失う場面がある。相棒のクロネコのジジと会話することができない。箒に乗って空を飛べなくなったキキは、自分の魔法の力の象徴を失った。そして、自分のアイデンティティを見失ったように途方に暮れる。ついに偶然いきがかった絵描きのウルスラに、もし絵を描けなくなったらどうするのかを切実に問う。

 「描くのをやめる。散歩をしたり、昼寝をしたり、何もしない。そのうち急に描きたくなるんだよ」

 これがウルスラの言葉だった。そして、幼い頃にこの映画を見た私は、この言葉になぜか涙がぽろぽろこぼれたものだ。もしかしたら、私はそのときから、自分自身が「何もしない」女には決してなれないことを知っていたのかもしれない。

 世の中には「何もしない」ことができる人とできない人がいる。そして、ハイスペ女子は、多くの場合、後者だ。頑張ることに慣れ過ぎている。頑張らないことが一番難しい。

 長い勉強の歴史の中で、私はたびたびスランプに陥ってきたけれど、その度に、あらゆる努力で乗り越えてきた。すべての扉をがむしゃらに叩き続け、開けようとトライし続けた。そのうち、いずれかのドアが開き、その向こうに続く道が、必ず私をスランプから救い出してくれた。

 嵐が過ぎさるをの黙って待つことが、私にはできそうにない。

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最終更新:7/23(日) 6:01
幻冬舎plus