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京産大記者会見への反応に見る“更なる「二極化」” --- 郷原 信郎

7/23(日) 14:28配信

アゴラ

超長文ブログへの反応

一昨日出したブログ記事【加計学園問題のあらゆる論点を徹底検証する ~安倍政権側の“自滅”と野党側の“無策”が招いた「二極化」】(https://goo.gl/9UHn2r)は、2万3000字に及ぶもので、これまでも長文のブログが多かった私にとっても、最長のブログとなった。ブログ転載サイトのBLOGOSでは、【前編】(http://blogos.com/article/235242/)・【後編】(http://blogos.com/article/235249/)に二分割して転載されている。

この超長文記事に対する反応が、大変興味深いものだった。

まず、超長文だったわりには、ブログ閲覧数等、全体として反応が大きかった。特に、嬉しかったのは、超長文の記事全文をしっかり読んだと思える人から、私の意図を理解してくれたと思える反応が相当数あったことだ。

その中に、次のような有難いツイートがあった。

“ちょっと長かったけど読んだ。郷原先生は民主主義に対する信頼がある、そして愛情がある。一般にはちょっと難だが、わかる人にはわかる論点整理をして、実働しなければならない野党や現役の検察官への厳しくも愛情あるエールを投げている。しっかりこの論点を各現場でつなげていってほしいもの。”

私が敢えて超長文の記事を出した意図は、短く表現すれば、このツイートの指摘のとおりだ。

加計学園問題で、安倍政権の支持率が急落する中、安倍首相も出席して予算委員会での閉会中審査が開かれることが決まり、国政に関する重大な問題になっているが、この問題に対するマスコミの批判も、野党の国会での追及も、いずれも、問題の本質に迫るものではなく、一方の安倍支持者側の主張も、不正確で一面的なものである。双方の意見が、激しく対立し、全くかみ合わない状況を踏まえ、この問題をめぐる論点を全体的に整理し、それを踏まえて、政権側の対応がいかに拙劣だったか、野党の追及もいかに本質から外れたものだったのかを指摘し、今後の議論を少しでも充実したものにできればと考えたものだ。

一つの記事で関連する論点を幅広く取り上げ、相互の関係まで示そうと思えば、通常の記事を大幅に上回る文字数になるのは致し方なかった(冒頭で示しているように、「第1」から「第5」まで5部構成で、それぞれ独立した内容となっており、個別に読んでもらうこともできる。)。

私も、自営の弁護士であり、個人で事務所を構え、自分の時間を糧として生きている人間だ。どうしても自分以外の人は書かないだろうと思えることがあると、時間をやりくりし、睡眠時間を削り、ブログ【郷原信郎が斬る】(https://nobuogohara.com/)で発信している。それは、一国民として、一市民としての使命感からだ。もちろん、弁護士である以上、無責任なことは書けないので、内容面も、形式面も、事務所スタッフのチェックを受け、正確を期している。それだけに、今回の超長文をしっかり読んで、私の意図を理解してくれた人がいたことで、3連休のほとんどの時間を費やし、改めて資料を確認した上で、「修行僧」のように執筆を続けた苦労が報われた思いだった。

しかし、一方の「安倍支持者」と思える人達の反応は、予想されたこととは言え、ほとんどが、辟易させられるものだった。「第5」で、政権側だけではなく、野党側も厳しく批判している。それは、最後まで読まなくても、サブタイトルを見ただけでもわかるはずなのに、ブログの内容を「野党の追及」と同視して誹謗するもの、「長文を書くのは説明能力がないから」「元検事が書くことと思えない」など記事の内容と無関係なことを言ってくるもの、或いは内容を誤ってとらえているものがほとんどだった。

そして、いまなお、彼らが書いていることの中心にあるのが、「挙証責任」論である。「第3」で、「挙証責任」論と一般的な規制緩和論との関係を、私なりに丁寧に解説したつもりだが、さしたる反論もなく、とにかく「文科省は挙証責任を果たしていない」の一点張りだ。

要するに、内容を確かめもしないで、「安倍内閣批判」に対して感情的に反発し、ただただ、「挙証責任」論にしがみつくというのが、「今なお安倍政権を支持する人達」に共通する傾向なのである。

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最終更新:7/23(日) 14:28
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