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恐るべし、近年のイラン映画

7/23(日) 12:22配信

Wedge

 本年度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞したイラン映画『セールスマン』(アスガー・ファルハディー監督)を見に行った。

 トランプ政権がイランなど7カ国に入国制限命令を発したため、監督と主演女優が授賞式をボイコットした曰く付きの作品である。そのせいもあってか、イラン映画には珍しく、観客席は8割方埋まっていた。

 この半年ほどイラン映画にハマっている。アカデミー賞騒動のせいではなく、純粋に現代の映画として面白いからだ。

 今回の『セールスマン』は、首都の若い夫婦が遭遇した「災難」をイランの伝統的(宗教的)価値観と絡めた心理サスペンス。

 国語教師とその妻が転居して間もなく、夫の留守中に、妻が自宅に侵入した何者かに襲われる。犯人を捕まえたい夫と、事件を表沙汰にしたくない妻。次第に亀裂を深める2人の感情。容疑者は転居先の前の住民だった娼婦の関係者だとわかるが、夫がなおも謎を追い続けると、行く手には意外な事実が……。

 夫が真の犯人と対峙するクライマックスに向かって息もつかせぬドラマが展開する。

 確かに見応えはある。だが、レイプという極端な題材のせいか、あるいは夫婦が劇団員でアーサー・ミラーの名作『セールスマンの死』を上演中というハイブローな構成のせいか、私は同じ監督の作品なら、前のアカデミー賞外国語映画賞の受賞作『別離』(2011年)の方がより優れていると思った。

 『別離』は同じく首都に住む夫婦の話だが、中学1年の娘と認知症の夫の父が重要な役割を果たしており、別の国や社会でも十分通用する現代的な家族の物語と言える。

 冒頭、夫婦は家庭裁判所で離婚申請をするものの却下となる。妻は夫や娘と出国を望むが、夫は父の介護のため出国に反対だからだ。

 妻は実家に帰り、夫は家政婦を雇う。その家政婦にも事情があった。無職で短気な夫の代わりに子連れで働かざるを得ないのだ。

 ある日、雇い主の夫が仕事から戻ると、家政婦は外出中で、しかも老父は両手を縛り付けられベッドから転げ落ちていた。

 夫は激怒し、戻ってきた家政婦の言い分も聞かず突き飛ばす。すると、妊娠中だった家政婦は倒れ、流産してしまうのだ……。

 その後事態は二転三転し、双方が告訴し合うのだが、同時に両家の抱える矛盾と家族一人一人の溝も加速度的に広がって行く。

 細部まで練りに練ったみごとな映画である(作品はベルリン映画祭金熊賞、女性キャストも男性キャストも共に銀熊賞を受賞)。

 ところで、イランでは映画制作は自由ではない。政府による検閲があり、その厳しさは世界ワースト10の第4位(12年)とされる。

 カンヌ・ベネチア・ベルリンの3大映画祭で受賞しながら、イラン国内で作品を上映できないジャファル・パナヒ監督も犠牲者の一人。

 パナヒ監督は作品が上映禁止なだけでなく、映画制作・脚本執筆・海外旅行・インタビューも20年間禁じられており、違反すれば6年間の懲役を科せられる身分だ。

 にもかかわらず、『人生タクシー』では自らタクシー運転手に扮し、乗客を通して情報統制下のテヘランの人間模様をユーモアを込めて活写。この作品で15年のベルリン国際映画祭金熊賞を受賞している。

 パナヒ監督は作品解説で述べている。

 「映画こそが私の表現であり、人生の意味だ。何者も私が映画を作るのを止めることはできない」

 何やら、小津安二郎、黒澤明、溝口健二、木下恵介、今井正らがしのぎを削った戦後間もない時期の日本映画を彷彿とさせる(いや、それ以上の?)ほとばしる熱気なのだ。

 そんな熱いイラン映画の中で、最近私が見直し、「とんでもない傑作!」と感じたのが、アミールフセイン・アシュガリ監督の『ボーダレス ぼくの船の国境線』(14年)。

 舞台は、イラン・イラク国境の川中で座礁・破損した1隻の大型船。そこで展開される(セリフがあるのが)わずか3人のドラマだ。

 破船には10歳ほどの少年が単身隠れ住んでいる。釣った魚と貝殻の首飾りを船上で加工し、それをイラン側の川辺の万屋に持参、食料などと交換して暮らしているのだ。

 その船へ、イラク側から1人の少年兵が乗り込んでくる。少年は拒否し、抗議するが、ペルシャ語対アラビア語で言葉が通じない。

 少年兵は銃で威嚇しつつ船の中央にロープを張る。半分は自分の居場所というわけだ。

 少年兵は銃砲音の聞こえるイラク側の村と破船を往復していたが、ある日、銃を置いて村へ走り、赤ん坊を抱えて駆け戻ってくる。

 泣き続ける少年兵、泣き続ける赤ん坊。

 何が起こったのか不明だ。けれど、少年も赤ん坊に敵意はない。まして、髪を梳く姿から少年兵が少女だとわかった後は。

 少年は、少女と赤ん坊を自分の居住区に入れる。万屋から粉ミルクと哺乳瓶を買ってくる。少女に女性用の上着をプレゼントする。

 そこへ新たな闖入者。大柄のアメリカ兵だ。だが、少年の機転で彼は監禁状態に。

 飲まず食わずのアメリカ兵は妻と子の写真を眺め、不運を嘆き戦争を呪う(しかし英語なので少年にも少女にも理解できない)。

 やがて、拳銃と水との交換により、アメリカ兵も許され、廃船の中の赤ん坊を中心とした小コミュニティの一員となる。

 戦場の片隅の、国境線上の廃船の中で、お互いに言葉の通じない3人プラス赤ん坊の奇妙なけれど平穏な日常が始まる。まさにボーダレス(国境のない)庶民空間である。

 ところが、次の日……!!

 8年間のイラン・イラク戦争後も戦火との悪縁を断つことができないイランだからこそ生み出せた、神話のような反戦映画だ。

 どんなに禁じられても意思表示をする、赤裸々な表現を封じられても奥深い内容を目指す。最近のイラン映画から学ぶことは多い。

足立倫行 (ノンフィクションライター)

最終更新:7/23(日) 12:22
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