ここから本文です

憲法改正を押しとどめたパラグアイ国民の意外な方法

7/24(月) 12:11配信

Wedge

 「私は明治天皇の生まれ変わりだ」と嘯くドイツ系移民の陸軍中将アルフレド・ストロエスネルは、1954年にクーデターで大統領に就任して以来、憲法条項の大統領任期を何度も修正し、89年まで35年間もパラグアイに君臨した。独裁者の在任中にどんな国かと行ってみると、旅行者には桃源郷のような素晴らしい国だった。だが、翌年宮殿クーデターが起こり、彼は追放されてしまう。その原因は大きな声では言えないし、書くのもおこがましいものだった。そして2017年再び独裁につながる憲法改正が上院で可決されてしまう。国民は意外な方法で下院での可決を押しとどめ、独裁を拒否した。

まるで日本の田舎のような

 88年の8月、国境を越えると別世界だった。車窓には緑の農耕地が広がりブラジルやボリビアの低地よりも開拓が進んでいた。車窓を椰子の木々、ラパチョの艶やかなピンクの花々(日本では癌などに対する民間療法の紫イぺとして知られる)、牛、小さな集落、イエズス会師が建てた古い教会等々が通り過ぎて行く。アルゼンチンやチリに見られるスラムは首都のアスンシオンに着くまで、ついぞ見かけることはなかった。

 筆者はアルゼンチンのポサーダとパラグアイの国境を越えて、乗り合いバスで6時間ほどの距離にあるアスンシオンを目指していた。

 バスの乗客はしかめっ面のアルゼンチン人から顔に皺を刻んだ、日に焼けたグアラニー族との褐色の混血に変わる。彼等は笑顔を絶やさない。言語も変わる。時々右隣のおじさんがグアラニ-語で筆者に話しかけてくる。その音感は韓国語ととてもよく似ているが、さっぱり分からないので適当にうなずいている。左隣の太ったおばさんに、

 「全くちんぷんかんぷんだよ。ぼくは日本人なんだ」

 というと、彼女は「そう」と言って笑っている。乗客たちは皆ビニ-ル袋にいれた細長いコッペパンをもっている。多分前からの知り合いというわけではなかろうが、互いにグアラニ-語で世間話をし良く笑う。共通の文化と共感に満ちている。いい意味で方言のきつい日本の地方を訪れたような錯覚に陥る。

1/4ページ

最終更新:7/24(月) 12:39
Wedge

記事提供社からのご案内(外部サイト)

月刊Wedge

株式会社ウェッジ

2017年11月号
10月20日発売

定価500円(税込)

■特集  「大量離農時代」の切り札 スマート農業
・稲作の未来 日本のコメはここまで強くなれる
・日本型「付加価値農業」の誕生
・農業への参入障壁を下げるスマート化