ここから本文です

実録「青春18きっぷ」で行ける日本縦断列車旅:5日目《戸狩野沢温泉駅~只見駅》

7/24(月) 20:10配信

サライ.jp

「青春18きっぷ」だけを使って行ける日本縦断の大旅行を企てた、58歳の鉄道カメラマン川井聡さん。南九州の枕崎駅から、北海道の最北端・稚内駅まで、列車を乗り継いで行く日本縦断3233.6kmの9泊10日の旅が始まった。

※4日目《名古屋駅~戸狩野沢温泉駅》の様子はこちら

5日目は戸狩野沢温泉から出発し、飯山線と只見線を乗り継いで会津を目指す。

《5日目》戸狩野沢温泉 11:37~ 越後川口 14:05

戸狩の民宿で、少し肌寒いくらいの空気に目がさめ、朝の日差しの中で沈滞の時間を過ごす。朝食を摂って外に出ると、さわさわと柔らかな水が道ばたに流れ、山々は登りたての朝日で日光浴をするかのごとく輝いている。折しも満開の藤の花が澄んだ空気に輝く。

山を見ても、家を見ても、空を見ても、叫びだしたいほど美しい。旅の朝はぜいたくだ。

戸狩野沢温泉駅から越後川口駅に向かう列車は、早朝の便を逃すと午前11時半までない。早く出ても、只見線の列車本数が少ないので乗車する列車は同じ。おかげで実にゆっくりできる。ハードな乗り継ぎが続く中で、列車本数の少なさに救われたような朝だった。

民宿のおばさんに送っていただいて、戸狩野沢温泉駅に到着。

手前のホームに停車中のディーゼルカーが長野行き上り列車。奥のホームが越後川口行き下り列車。いちばん右に見える車両はここで切り離し。上り列車に連結して長野に折り返す。

戸狩野沢温泉駅の発車時刻表は、行き先別ではなくホーム別の発車案内になっている。この駅で折り返す列車が多い関係だろう。

乗り込んだら、車内は酒蔵の香りがした。地ビールに四合瓶そしておつまみ。同じ仕事仲間の9人組。「まぁ、とにかく一杯呑めば」とありがたきお誘いを受ける。

飯山線は、全線がほぼ千曲川に沿って走る。途中に千曲川を鉄橋は一つしか無いため、ずっと片側に水面が見える。

「前から飯山線に乗ってみたかったので、やっと乗ることができた」という長野在住の二人組。これから津南まで往復するという。乗車券はエリア内乗降自由の信州ワンデーパスだ。

車両は一両編成のワンマン列車。最後尾はミニ展望車のようになっている。

飯山線は2011年3月12日の長野県北部地震で、路盤が崩れ線路が宙づりになる被害を受けた。白いコンクリートの所は被災した場所。24時間体制で復旧工事を行い、同年4月末には運転を再開した。

飯山線のシンボル的存在といえる、鉄骨のスノーシェッド。落ち葉が線路内に溜まらないよう、鉄骨の間には金網が張られている。

飯山線の列車には、時刻表で気づけない特典があった。それは長時間停車である。

戸狩野沢温泉駅は、車両の切り離しや列車交換があるおかげで長時間停車になる列車が多い。さらに乗車した列車は森宮野原駅で列車交換のため20分ほどの停車。沿線最大の十日町駅でも30分ほどの停車となる。これほど長時間の停車が各所にある路線も珍しい。

飯山線の沿線は、日本でも有数の豪雪地帯。もしかすると、冬場の遅れを見込んで、ダイヤに余裕を持たせているのかもしれないと、想像を膨らませる。

停車時間を活かしてホームに出てみる。急ぐ旅には困りものだが、こういう旅に長時間停車は実にありがたい。

森宮野原駅。ここから約500メートルで、長野と新潟の県境だ。建物の中には売店が併設されていた。

森宮野原駅の構内には、積雪の日本記録を記したポールが立てられていた。この雪が千曲川のダムを経て、JR東日本の電車を動かすエネルギーになっているのだ。山手線は、この飯山線の雪に支えられているのである。

越後川口方面から上り列車がやってきた。カラーリングはかつての飯山線カラーを再現したもの。2018年3月までの限定復活だという。

越後鹿渡~越後田沢の信濃川鉄橋をわたる。信濃川の姿が見えるのはこの鉄橋まで。画面左に見えるのは、東京電力の発電所。JRが持つ発電ダムはこの少し下流にある。

ちなみに、長野県内では千曲川、新潟県に入ると信濃川と呼び名が変わる。「越後の国」に入ると「信濃の川」になるわけだ。

土市駅では、客車のような倉庫のような謎の建物が車窓に現れた。アート作品らしいが、その中身はわからないまま列車は発車した。

十日町駅で30分の停車。急ぐ旅なら困るだけだが、鈍行旅行でこの停車時間はありがたい。この時間を利用して駅前を散策する。9人組もここで下車。北陸新幹線で長野へ出て、飯山線を楽しんで、上越新幹線で東京駅へ戻るという。

降り際に「十日町の麺類は美味しいよ」と言われ、以前、この付近で食べたラーメンの味が思い出された。脂は少なくダシがしっかりきいた懐かしいものだった。

駅の周りをなんとなくふらふら歩いていると、そば屋の看板が目に入り玄関をくぐる。

ちょうど昼時とあって、店は満員。座る席を眺めていると、奥の座敷から大きな声で私を呼ばわる人がいる。近づいてみるとさきほどのグループ。彼らおすすめの店はここらしい。

昨日に次いでお昼はソバ。毎日食べても飽きないのはさすが信州。天ぷらソバを食べたかったが「混んでるから間に合わなよ」と言われ、もりそばに変更。

玄関口のテーブル席では、高校生のカップルが二人でソバを食べている。喫茶店でもゲームセンターでもなくそば屋のカップルというのがとっても微笑ましい。こんな青春が欲しかった。

余りに忙しそうで尋ねることもできない。ご主人が気を利かせてくださり、早めにおそばが到着。やはりうまいソバである。それを列車の停車中にいただいているなんて、いまではなかなかできない体験だ。

ご主人に感謝の言葉を言っていると、「これな、天ぷら揚げてる時間がないけどサービスだ」といって熱々の揚げ玉を小皿にくれる。これがまたソバに合う。

ソバ一杯で町が判るわけはないのだが、満たされたおかげでなんとなくわかったような気持ちになってしまうのは単純極まりない頭の構造だ。だがおかげで十日町はまた訪れたい町になった。

列車に戻ると、折しも下校時間になったらしくホームは学生であふれていた。これだけの学生が乗車するのだ、豪雪の冬は学生たちに欠かせない大切な生活路線なのだと実感する。

十日町で長時間停車するのは、交換列車の待ち合わせだったらしい。ホームの案内放送が越後川口方面からの列車接近を伝える。

カメラを構えてまっていると、観光列車「おいこっと」用の車両が登場した。団体用の臨時列車を連結して来たのだろうか。ホームにいた駅員さんに訊ねると、「車両がたりないから普段はこうやって使ってるんですよ。」とのこと。

休日の主役、観光列車用の車両に選任されたからと言って平日だって休めないのだ。利用する方からすれば運が良ければ普通料金で乗車することもできる。もちろんアテンダントなどは乗車しないが。

越後川口駅に到着。ここから上越線に乗り換える。上越線・長岡~越後湯沢間にある駅は17、そのうち6つの駅で他の路線と接続している。それぞれが数駅ずつ離れているので乗り換えは少々面倒だ。只見線との乗換駅・小出までは3駅離れている。

越後川口は錦鯉やアユで知られるところ。駅の正面にはヤナとアユをモチーフにしたレリーフが飾られていた。

ホームに戻って、次に乗る電車を待とう。まずは只見線への乗換駅・小出駅を目指す。

《5日目》越後川口 14:12~ 小出 14:25

越後川口駅からは、最新型のE129系電車に乗車。ボックスシート付の車内がありがたい。

10分あまりの乗車で、只見線への乗換駅・小出駅に到着。只見線の発車まで約3時間弱の待ち時間である。

小出の駅前はバスの発着が賑やかだ。実は只見線の途中駅に行くなら、バスの方がはるかに便利なくらいである。ただし只見まで抜けるバスはない。

小出駅の外壁には、尾瀬へのルートマップが掲げられていた。新潟側の入口としてシーズン中は駅前からバスが出るという。

もう一つ小出駅で発見したのが、木製の駅名看板。揮毫したのは俳優の渡辺謙さんであった。そして、彼が只見線沿線の出身だと知る。

乗り換えの時間を利用し、駅の周りを散歩してみる。

あわただしい乗り継ぎばかりだっただけに、こういう時間がありがたい。駅前にあるのはホテルが一軒と、地酒を並べた酒屋さんと駅前食堂、そして小さな美容室。じつは小出の中心街は、駅の裏側を流れる魚野川の対岸にある。町から見れば、駅は川の向こう。一番西のはずれに位置している。

食堂に入って新聞を眺める。今日の新聞は新潟日報。紙面にはサッカーのアルビレックスの呂比須監督の記事が大きく載っている。旅の初日が南日本新聞、そして熊本日日、中国、中日、信濃毎日、連日かわる地元紙の誌面も旅情である。

この食堂、かの宮脇俊三氏も旅の途中で訪れたということだった。

小出駅のホーム屋根には、何本もの避雷針のようなものが立っている。屋根の柱にしても装飾にしても不自然な物体である。気になって訪ねたところ、「アレは、雪下ろしの命綱を支える柱です」という意外な答えだった。

柱から柱へはチェーンが渡されており、雪の季節になるとそれを柱の頂上に持ち上げる。そのチェーンに命綱を取り付けて雪下ろしをするのだそうだ。屋根は頑丈に作られているから、雪を下ろさなくても壊れることはなさそうだが、線路の上に落ちると、そちらの方が危ない。飯山線から只見線に書けての豪雪はすさまじい。そしてそのぶん夏は水の恵みの豊かな里となる。

只見行きの列車は、学校の帰り時刻に合わせて17時10分発。ほかのホームも学生が増え始める。

16時53分、只見方面からディーゼルカーが到着した。

《5日目》小出駅 17:10~ 只見駅 18:16

16時53分、只見方面からディーゼルカーが到着した。白地に青いラインをまとった新潟支社所属の車両だ。2011年の水害で不通となって以来、こちらに足を伸ばせない会津若松の車両に代わり、この区間を受け持っている。

小出駅を出てすぐ、魚沼川の鉄橋を渡る。

只見線は今度は町の北側を走り抜け、町はずれで最初の停車駅・薮上駅に到着する。

学校帰りの乗客を少し乗せて、時刻どおりに出発。信濃川の支流魚野川のそのまた支流に沿って遡るように山間の里を走る。

学校帰りは食事タイム。みんな大きなおにぎりを持っている。そういえば沿線は魚沼産コシヒカリの産地なのだ。

一駅ごとにお客さんが降りる。乗ってくる人はまずいない。

季候も良いし乗客も少ないので、窓を開けて風を楽しむ。走るほどに標高が上がり、気温が下がってゆくのが解る。日没も近い。

入広瀬駅で見かけたプランターはディーゼルカー。植え替えの時期だったのか花は入っていなかった。

小出を出て7つめの大白川駅を過ぎると、終点の只見駅まで約20キロ。ただしもう終点まで駅はない。

山が迫り気温もいっそう下がってゆく。列車は深い淵の鉄橋をわたり、山間をくねくね曲がりながら六十里越トンネルに入る。会津と越後を結ぶ最大の難所六十里越えだ。

全長6359mで、完成当時は日本6位の長さを誇ったトンネルである。現在でも在来線で8位の長さがあるという。正確なことはわからないが、非電化のトンネルとしては日本一長いトンネルかもしれない。

只見線はJRでもトップクラスの赤字線である。その只見線が廃止を逃れ生きながらえることができたのは、ひとえにこのトンネルのおかげ。平行する道路が冬期間は雪で閉鎖されるので、交通を確保するためと言うのがその理由だ。こんな赤字路線を持ちたくないであろう鉄道会社にしてみれば、恨めしい存在のトンネルなのかもしれない。

大白川駅から只見まで20.8km。トンネルと山道が連続する。人家は全く姿を消した。

スノーシェッドの中にある田子倉駅跡を通過。2013年に廃止されたが、ほぼそのままの姿でホームにはベンチが残されていた。

トンネルを抜け出てしばらくすると列車は速度を落とす。右手の車窓に、しばらく使われなくなってしまったターンテーブルが見えると只見駅に到着だ。

2001年から始まった蒸気機関車の復活運転に伴って、その翌年に整備された物だ。しかし2011年に只見~会津川口が不通となってから使われることがなくなってしまった。蒸気機関車が走るときはこの周辺に見物客が集まってとても賑やかだったのだが、今は草原に埋もれはじめている。再びここに多くの人が集まるようになれば良いのだが。

只見駅のホームから、小出側を見ると、今トンネルで抜けてきた山並みが見えた。

只見駅前では不通区間をつなぐ列車代行バスが待ち構えていた。乗客は誰もいない。運転士さんが期待を込めたような目で、「乗られますか?」と尋ねてくる。なんだかとても申し訳ない気分になって「すみません、今日はここに泊まるので、明日の朝乗ります」と応えた。

運転士さんは、「あ、大丈夫ですよ、明日はよろしく!」と言って、誰も乗らないバスを発車させていった。駅長さんと一緒にバスの発車を見送った。
<6日目に続く!>

※『サライ』8月号では「青春18きっぷ」の旅を大特集! 川井さんの旅の全行程も載っています。

最終更新:7/24(月) 20:10
サライ.jp