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【イップスの深層】 150キロ右腕・一二三慎太が失った投球フォーム

7/24(月) 11:52配信

webスポルティーバ

連載第6回 イップスの深層~恐怖のイップスに抗い続けた男たち
◆証言者・一二三慎太(1)

【写真】前回の証言者は、かつての日本ハムのエース・岩本勉氏。

 長い高校野球の歴史のなかで、かつてこんな選手がいただろうか?

 甲子園春夏連続出場校のエース。それもプロスカウトも注目するような有望株が、春と夏でまるっきり違うフォームで投げたのだ。そして驚くべきことに、フォームを変えてわずか3カ月にして、その投手は夏の甲子園で準優勝まで上り詰める。

 投手の名前は一二三慎太(ひふみ・しんた)という。彼がフォームを変えた理由は「イップス」だった。

 肩が痛い――。

 初めて感じる痛みだった。2010年の冬、東海大相模のエース・一二三慎太は、投げ込み中に右肩が抜けるような錯覚を起こした。

 中学時代(大阪・ジュニアホークス)から故障の多かった一二三は、腰、ヒザ、ヒジとさまざまな部位を痛めてきた。しかし、この肩の痛みは異質だった。

「中学時代のケガはごまかして放れるレベルでした。でも、肩はホントにきついっすね。腕を回せなくなりますから。腕が上がらなくなって、ノースローにして休めて、また投げ始めたんですけど、痛みが取れませんでした」

 ボールを握り、テイクバックをとるだけで痛い。ボールをリリースした直後にも激痛が走る。次第にリリースすることに恐怖感を覚え、腕に力が入らなくなる。力が入っていないのに、腕は振っている。体がフワフワとしていて、ピッチングをしている実感が湧かなくなった。

 それまで一二三が大切にしていたのは、リリースの感触だった。肩からヒジ、ヒジから手首、手首から指先へと力が伝わり、リリースで「パチン!」と弾くような感触がある。それが一二三にとってのピッチングであり、野球をする上で最大の快感でもあった。しかし、肩を痛めてからその感触は味わえなくなってしまった。

 それでも、一二三は練習をやめなかった。投げなくてはならない理由があった。すでに出場を決めていた春のセンバツ大会を控えていたからだ。

「肩が痛くない腕の振りを探して、それで投げたのがセンバツでした」

 前年秋の明治神宮大会では準優勝。当然チームはセンバツの優勝候補に挙がっており、一二三自身も「大会ナンバーワン右腕」とメディアにもてはやされた。しかし、晴れの甲子園という大舞台で見せた一二三の投球は、前評判とはほど遠い内容だった。

 1回戦の自由ケ丘(福岡)戦。一二三は立ち上がりから抜け球が多く、いつも以上にシュート回転が目立った。それでも類まれな投球センスで5回までスコアボードに0を刻み続けたが、6回に1点を奪われ同点。8回には3点を許し、結局2対4で初戦敗退となった。一二三はこの登板を「ほとんど記憶がない」と振り返る。

「相手ではなく、僕自身の体との戦いでした。自分が投げている感じがしない。はっきり言って、クソおもんないですよ(笑)。甲子園前には『野球をやめて、大阪に帰ろうかな』と思ったくらいですから」

 驚くことに、一二三は右肩が痛いことをメディアはおろか、チームメイト、監督にすら伝えていなかった。当時、一二三はチームのエースであるだけでなく、キャプテンも務めていた。その責任感と「言うほどのことじゃない」という男としてのプライドが邪魔をした。一二三はたった一人で肩の痛みを抱えながら試行錯誤しなければならなかった。

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