ここから本文です

日本サッカーを成長させる個性的な外国人選手たち――DFとして最高にイヤなW杯得点王の駆け引きとは

7/24(月) 11:00配信

週プレNEWS

サッカー解説者・宮澤ミシェル氏の連載コラム『フットボールグルマン』第5回。

現役時代、Jリーグ創設期にジェフ市原(現在のジェフ千葉)でプレー、日本代表に招集されるなど、日本サッカーの発展をつぶさに見てきた生き証人がこれまで経験したこと、現地で取材してきたインパクト大のエピソードを踏まえ、独自視点でサッカーシーンを語る――。

前回に続き、ポドルスキの神戸加入を機に現役時代、Jリーグで対戦した外国人アタッカーの思い出を振り返る。あのW杯得点王のすごさはどこにあったのか…。

* * *

現役時代につけていた私のサッカーノートのページに「スキラッチはバカ!」と書いてある。

スキラッチとは、ジュビロ磐田にいたFWサルバトーレ・スキラッチのことだ。彼は本当にDF泣かせのストライカーだった。90年W杯イタリア大会の得点王になった元イタリア代表は、1994年から1997年までJリーグでプレーしていたのだが、4年間のリーグ戦78試合で奪ったゴール数は56点。驚異的なゴール率を残した理由は「ずる賢さ」と「スピード」があったからだろう。

彼は試合になると開始直後からオフサイドに何度も引っかかるし、試合中はわけのわからないところで笑う。DFとしては気持ち悪いといったらこの上なかった。

しかし、スピードに優れているので、試合が進むにつれて何度もラインギリギリでの駆け引きが続くと、CBとしてはオフサイドを仕掛けるのがプレッシャーになる。もし、オフサイドラインをかいくぐられたら失点は免れないからだ。そうしたDFの気持ちを見透かしたかのように、試合終盤になるとオフサイドにならないギリギリのタイミングで飛び出してゴールを決める。最高にイヤなFWだった。

ただ、JリーグにW杯得点王がいることは、DFとしては本当に勉強になったし成長することができた。

そして、Jリーグが始まる前の日本リーグ時代、外国人選手たちもかなり強烈な連中ばかりだった。例えば、フジタ工業にいたピーター・ハインズは身長190cmを超え、顔は俳優のエディ・マーフィーをさらにカッコよくしたようなFWだった。10代の頃はアマチュアボクシングで負け知らず。サッカーをやるか、ボクシングをやるかで悩んだほどの実力で筋骨隆々だった。

そのピーターが中国遠征時に対戦相手の中国人選手からラフプレーを受けた。カッとなった彼が相手の胸グラをグッとつかみあげたら、次の瞬間、その中国人選手の体が宙に浮いた――。その時は本当にビビったね。気は優しいから殴ることは絶対にないけれど、片手で人間ひとりを持ち上げられるパワーを持っていることに心底驚かされたよ。

ピーターは寮の部屋の戸棚にいろんな酒のボトルをズラーっと並べるほどの酒好きで、練習が終わった後も規格外だった。グラウンドから寮まで車に乗り合わせてみんなで帰る時、いつも彼が運転手にはジュースを、他の同乗者にはビールを1人1本、大瓶で買ってきた。



練習終わりの空きっ腹に美味しそうにビールを流し込むのに付き合ううちに、時にはツマミを買い込むこともあり、帰りの車中が宴会の場になることもあった(笑)。

私が大学を卒業して22歳でフジタに入った時、一緒に入団してきた19歳のカルロス・アルベルト・コスタ・ジアスも忘れられない選手だ。彼は1985年のワールドユース(現在のU-20W杯)で活躍したブラジル代表のメンバーだった。ブラジル人以外の選手を見下す生意気なヤツだったが、ピッチでのジアスはものすごくうまくて、1年目から得点を量産した。

2年目はすっかり油断したのか、ぶくぶくに太ってパフォーマンスはサッパリだったが、その頃ちょうど、読売クラブに往年のブラジル代表の名手で、指導者としても名を馳せていたジノ・サニが特別コーチに来ることになった。その話を聞いた途端、ジアスは体を絞りだして、ピシッとした格好でブラジルの大先輩に会いに行っていたね。

彼がフジタにいた2年間のうち、最初の頃、チームのことや日本の文化や慣習などを教えたのは私だった。こちらを先輩とも思わないで、いつも生意気なヤツだったけど、1995年、私の現役最後のシーズンに当時、清水エスパルス所属のジアスが対戦した試合後、ベンチにいる私を見つけてハグしに来た時は涙が出そうになったな…。

21世紀になり、昔のようにトップレベルの外国人選手を呼ぶことが難しい時代ではあるが、サッカーは世界中で行なわれているもので、やはり外国人選手の存在は日本サッカーが成長する上で欠かせないものだ。それだけに、Jリーグでプレーすることを選んだヴィッセル神戸のルーカス・ポドルスキのようなW杯での実績がある外国人選手がもっと増えることに期待したい。

【スキラッチの駆け引きをする力】 星4つ ☆☆☆☆

(構成/津金壱郎 撮影/山本雷太)

■宮澤ミシェル
1963年 7月14日生まれ 千葉県出身 身長177cm フランス人の父を持つハーフ。86年にフジタ工業サッカー部に加入し、1992年に移籍したジェフ市原で4年間プレー。93年に日本国籍を取得し、翌年には日本代表に選出。現役引退後は、サッカー解説を始め、情報番組やラジオ番組などで幅広く活躍。出演番組はNHK『Jリーグ中継』『Jリーグタイム』など。

最終更新:7/24(月) 11:00
週プレNEWS

記事提供社からのご案内(外部サイト)

週刊プレイボーイ

集英社

No.48
11月13日(月)発売

定価400円(税込)

大量殺人犯ふたりの共通点/岡野、山口、城
が語る岡田ジャパンとハリルジャパン/新設
「日本版海兵隊」の戦闘力【グラビア】白石
麻衣/伊東紗冶子/山谷花純/澤北るな 他

配信終了のお知らせ(11月16日)

  • nikkei BPnetの配信が終了しました。