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定年を終えた、ある「伝説の知能犯刑事」のその後 「天下った」と陰口を叩かれたくなかった

7/25(火) 11:01配信

現代ビジネス

つかみどころのない男

 西日の差すベランダに二つの睡蓮鉢を置いて、メダカを飼っている。大ぶりの素焼きの鉢に10匹ほどの緋メダカ。「楊貴妃」という優美な名を持っているそうだ。もう一つの黒の睡蓮鉢には白メダカが伸びすぎた水草の下に潜んでいる。ずんぐりした体形なので、こちらは「ダルマ」と呼ばれている。

 いずれも2年ほど前に、警視庁の元捜査二課刑事からもらった。彼は一つ年上で、私のメダカの師匠である。郊外のしもたやに、メダカの王国を構えている。その庭先や裏庭に、大小の睡蓮鉢、泡盛古酒の大甕、素焼きの壺、トロ箱、首を切り落としたペットボトル等々、水を貯えるあらゆるものを並べ、そこにメダカを泳がせている。春になって卵を産むと、銀河のようにメダカの世界は果てしなく広がっていく。

 私は気まぐれでメダカを飼っていたのだが、ザリガニを入れたためか、それとも野鳥が悪さをしたのか、いつの間にか消えてしまっていた。それを何気なく元刑事に話したところ、「俺に任せとけ」という返事が返って来た。

 ある日、彼は待ち合わせのホテルに、2リットルのペットボトルを下げて現れ、「ほーら、どうだよ」と突き出した。ペットボトルの中で20匹の楊貴妃とダルマが泳いでいる。

 「帰る時にはな、ふたを時々開けてやったほうがいいんじゃないか」

 彼がそう言うので、帰りの地下鉄の床にペットボトルを置き、時々ふたを開けて空気を入れた。乗客が私の周りからすっと引いていくのがわかった。ガソリンでもぶちまけると思ったのだろうか。

 彼は伝説的な知能犯刑事であった。2、300人の情報源を持っていると言われ、1994年に三菱重工業がからむ橋梁談合恐喝事件の情報を取ってきたり、2001年に首相官邸や外務官僚を震え上がらせた外務省機密費詐取事件に火を付けたりして、古い二課担当記者に噂が残されていた。

 私は新聞記者時代に彼と話したことはなかったが、警視庁の廊下で彼の剣吞な目つきに出会ったことがある。酔漢のようにつかみどころのない人間に見えた。

 汚職を追う捜査二課の刑事は口が悪く、いつも不機嫌そうな顔つきをしている。「てめえ、この野郎、ばか野郎」と呼吸をするように悪口を叩くのだ。社会部のデスクになってから、彼を紹介しようという人がいたが、私は近寄らなかった。

 その消息を再び聞いたのは、彼が「親方」と慕う、かつての上司の事務所だったように思う。あいつも65歳になっていよいよ警視庁から離れるそうだ、という話をした後、「親方」はこう言った。

 「あいつはその道の超有名人で、どんなところにも再就職ができるんだがな。まあ、清濁併せ吞むことを知らねえ奴だから」

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最終更新:7/25(火) 11:01
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