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「心から愛せる人が一人いれば怖くない」NYで成功した女性・アケミさんに聞く

7/25(火) 15:50配信

女子SPA!

 ニューヨークで、あのトランプタワーの60階に住んでいた日本人のファッションデザイナー、アケミS・ミラーさんをご存知でしょうか。

⇒【写真】アケミさんと最愛の夫・ロイさん(故人)。

 1989年から25年間、アメリカで活動した後、現在は大阪でフェイスデザインスクールを運営しているアケミさんに、前回に続き、日本人女性へのメッセージを聞きました。(以下はアケミさん談)

◆「みんながライバル」という孤独に耐えられたのは……

 1989年、意を決して何のツテもない米国に渡り、90年9月にニューヨークコレクションでデビュー。3年後にスタートした初日のファッションウィークにはカルバン・クライン、ダナ・キャランと私の3人が選ばれ3つのテントで競い合いました。

 こんなふうに、人種や性別に関係なく、才能があればチャンスをくれるのがアメリカです。でもその分、厳しさもハンパではなかった。みんながライバルなのです。仕事上は自分の事しか見えない! そうでないと生きていけないのがニューヨークです。

 たとえば、ニューヨークでは日本のように、仕事仲間で仲良く飲みに行くようなことはほとんどありません。私の会社でもそうでした。たまたま私が雇用関係を結んだだけで、社員たちは世界で活躍するデザイナーやメイクアップアーティストを夢見て、ニューヨークへやって来ている。

 ミス・アケミとは呼ぶけれど日本のような師弟関係はない。スタッフというより、「ここまでやってくれれば良しとしよう」と割り切って付き合っていました。

 日本に帰国した今、若いスタッフや親しい生徒等と飲みに行くようになって、「これも楽しいな」と初めて思ったぐらいに、アメリカではそういうことはありませんでした。

 みんながライバルという社会だからこそ、アメリカでは家族を大切にするのです。

 私にとっては、後に夫となる米国人弁護士のロイだけが支えでした(彼は4年前に亡くなってしまいました…)。

 読者の中で、夢に向かって頑張ろうという女性がいれば、そしてパートナーがいれば、その人をとことん大切にしたほうがいいと感じます。2人の人生だから…。

 私は目標があれば無理難題、何でもやった。ドブに手を突っ込む覚悟だってあった。壁があれば空を飛んでも穴を掘っても突き進めばいい。徹夜もあたり前。それでも「孤独ではない!」と思えたのは私のそばには常にロイがいたからです。

◆トランプタワーに住んだわけ

 ロイには目標がありました。弁護士として成功して、ドナルド・トランプ氏が68階に住んでいる「トランプタワーで生活する」という夢。トランプタワーはニューヨークの五番街に立つ高さ202mのビルで、入居審査がとても厳格です。プライベートバンクに3ミリオン(約3億円)以上の預金が必要で、後ろ盾となるニューヨークの権力者も必要です。

 ロイは刑事事件の弁護士。その頃は金銭的には私の方が裕福でした。彼の夢を叶えたい――あらゆるルートで交渉した結果、1992年、ついにトランプタワーでロイとの新しい生活が始まりした。

 そこには映画監督のスティーブン・スピルバーグも住んでいましたし、私の両隣はジャネット・ジャクソンとサラ・ブライトマン。有名人が多かったのは、犯罪者やパパラッチ、熱狂的なグルーピーから守るセキュリティが有名だったことも理由です。

◆マイケル・ジャクソンとの出会い

 トランプタワーには3年住みましたが、運命的な出会いもありました。

 普段だと居住者専用の入り口にはリムジンが並んでいるのですが、94年のある日、帰宅すると一台だけボロボロの黒いワゴン車が停車している。そこから、人目を忍んでトランプタワーの中にすっと入っていく人がいました。

 ドアの前には警備員がいます。人が一人通れるだけの小さなドアを抜けると、コンシェルジュの奥に居住者用のエレベーターが4基あって各々にエレベーターボーイがいる。深夜で混む時間帯でもないのに行列が出来ていたのですが、親しかったボーイが「アケミ、Come Come!」と声を掛けて来た。

 いそいで一番奥のエレベーターに飛び乗ると背後に人影を感じたのです。たった一人の人しか乗せていなくて、他の人達は外で並んでいる。どうして…?

 金色のエレベーター内で、鏡のように磨かれたドアに反射して背後の人物がおぼろげに見えました。マイケル・ジャクソンでした。のちに聞くと、リサ・プレスリーと別居中のマイケルは身を隠すようにトランプタワーに引っ越してきたと言います。ボロボロのワゴン車はパパラッチを欺くため、あえて古い車を選んだのでしょうか。

 エレベーターが上昇中、マイケルは終始無言、私も後ろを振り向きませんでした。60階で私が先に降りると、私とボーイの会話に聞き耳を立てていたマイケルが、ボーイにこんな事を聞いたそうです。

「彼女は何をしている人?」

「日本人のファッションデザイナーです」

「彼女のデザインした洋服が一度見てみたい」

 ボーイからリクエストされプレス資料を手渡すと「シャツを作って欲しい」と言われて、それから2年間、マイケルがプライベートで着る洋服を手掛けるようになったのです。

 ロイが「トランプタワーに住みたい」と言わなければ、マイケルとの出会いはなかったでしょう。

◆誰か一人でも応援してくれる人がいれば…

 私は人一倍強い女性に見られがちですが、それは心から信頼できる人がそばにいてくれるという前提のうえです。誰か一人でも応援してくれるのなら、それがエネルギーになり突き進める。

 ロイは大切なすべてのパートナーでした。それだけに彼が亡くなった時、私は同時にすべてを失い、絶望感と喪失感で虚脱状態になって25年ぶりに母国日本に帰国したのです。

 帰国後、不自然に感じたのは、中年の独身女性でパートナーを持たない人がとても多いという事実です。私の教室にいる未婚の生徒でも、10人中7~8人はパートナーがいません。

 日本の社会が女性の若さを重視しすぎるせいもあるでしょう。でも彼女たちの考え方が、チャンスを逃しているようにも感じます。「あの人、どう思う?」という第三者の目線ばかりを気にして、肝心の“自分にとってどうなのか”を最初に考えない。もったいないですよね。

 恋人や夫でなくても、とても大切な相手がいれば人は強くなれます。自分のためだけではなく、あの人のためにも頑張れる――そう思えるからです。

―アケミS.ミラーさんインタビュー Vol.2―

【アケミS.ミラー】

兵庫県生まれ。京都できものを学び、79年から東京で“曽根あけみ”として活動。

1989年にニューヨークに渡り、AKEMI STUDIOを設立。ニューヨークコレクションのデザイナーとして活躍。米国人の夫の死をきっかけに2013年に日本に帰国し、大阪市でフェイスデザインのメイクスクール「AKEMI S. MILLER BEAUTY STUDIO」を開校。

<TEXT、現在の撮影/studio KEIF・加藤慶>

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最終更新:7/25(火) 15:50
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