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投手・水野のサヨナラ打で決着。200万円争奪レース【1988年7月26日】

7/26(水) 11:10配信

週刊ベースボールONLINE

 プロ野球の歴史の中から、日付にこだわって「その日に何があったのか」紹介していく。今回は7月26日だ。

 1988年の7月26日は東京ドームで初めてオールスターが行われた日だが(第3戦)、当時の『週刊ベースボール』で「人生ゲーム」に模して記事になっていたので、それを少しアレンジして紹介してみよう。

 200万円争奪戦(MVP賞金)で開始早々飛び出したのは、全パの高沢秀昭(ロッテ)だ。いきなり球宴史上4人目の先頭打者本塁打(5コマ進む)。全パの先発・西崎幸広(日本ハム)も好投を見せ、規定の3回を5奪三振のパーフェクトピッチング。2回裏、巨人・原辰徳、大洋・ポンセ、巨人・呂明賜への3者連続三振は圧巻だった(7コマ進む)。

 全パは、7回表にも全セの三番手・桑田真澄(巨人)から先頭の南海・佐々木誠がレフト前、二死後には、同じく南海の門田博光が代打で登場し、渋く遊撃後方に落とし、2点目を挙げた(門田は4コマ進む。この年は南海ホークスのラストイヤーでもあった)。

 その裏、眠っていた全セ打線がようやく目覚め、二死二塁からポンセ、広島・正田耕三の連続タイムリーで同点とする(2人とも4コマ進む。ポンセは5回のセンター前での1コマ)。続く8回表には、KK対決もあったが、清原和博(西武)の二遊間のゴロをセカンド・正田が好捕し、無得点(正田1コマ進む)。

 2対2で迎えた9回表、全パは一死二塁の勝ち越し機。ここで日本ハムの田中幸雄が打席に入り、あわやセンター前という当たりを放つが、またも、正田が好捕、さらに鮮やかなジャンピングスローでアウトにし、加点できず(正田1コマ進む)。

 10回表にも全パが一死三塁のチャンスで西武の辻発彦が一、二塁間の当たりを放つが、これも正田がつかむ(正田1コマ進む)。しかし、続く清原の当たりは一塁内野安打になって全パが1点勝ち越した(清原暫定3コマ。これが決勝点なら5コマ進む)。

 しかし、その裏、全セも二死三塁から中日の中村武志のショートゴロを田中が一塁へ暴投し、同点に追いつかれる(中村に1コマ)。送球をつかめなかった一塁手の清原は、「目の前を札束が飛んでいきましたわ」と苦笑したが、賞金は選手の頭にもしっかり入っていたわけだ。

 3対3で迎えた最後の12回裏(延長12回制はこの年から採用)は、先頭の正田がいきなり三塁打(2コマ進む)。続くヤクルト・広沢克己は敬遠気味に歩かされ、迎えたバッターは大洋の投手・中山裕章だった。代わりの打者はいなかったが、全セの王貞治監督は、ここで自軍・巨人の投手・水野雄仁を打席に送る。池田高時代は強打で知られた男だ。最後の打者になる可能性もあったので、ファンサービスもあってだろう。

 同僚・原のバットとヘルメットをかぶって出場した水野だが、一発出れば、逆転サヨナラ200万円、いやMVPだ。内心、思うところもあったはず。打球はセンターへのサヨナラ犠飛(5コマ)で全セの勝利。

 かくして9コマの正田が逃げ切り、MVPで200万円。7コマから5コマの高沢、ポンセ、西崎、水野は優秀賞で100万円を手にしたのであった。

写真=BBM

週刊ベースボール

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