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「るろうに剣心」の主人公に、“人斬り以蔵”に、そして高杉晋作! 幕末ヒーロー勢ぞろい! エピソード9<歴史の先生も唸った!超現代語訳・幕末物語>

7/26(水) 6:01配信

幻冬舎plus

房野 史典〔ブロードキャスト!!〕

 この時代、京都は、まさかのテロリストたちによって血に煙っていたのです。
人斬り4人組に、
新撰組に、
奇兵隊に、
聞いたことのあるヒーローが続々登場。
興奮と希望と悲しみを背負い、時代はどんどん動きます! 
ドキドキがとまりません! 
さて、戦国時代をアグレッシブにドラマチックに書いた房野さん、この時代をどう書くのでしょうか!? 

 * * *

【血にけぶる町。集う剣士。茶色い戦争ありました】
 幕末エピソード9です。
ホントどうでもいいんですが、「幕末エピソード」のイントネーション、「幕末」で切って、「エピソード9」で読んでいただければなと。
あのー、スターウォーズの言い方です。「エピソード1」みたいな。
……どっちでもいいんですけどね。
おさらいです。

 薩摩の久光が兵を率いて上京計画。
 ↓
お手伝いのため西郷さん復活。
 ↓
ソッコー島に流される西郷さん。
 ↓
尊攘派「薩摩が幕府倒す!」とちょーカン違い。
 ↓
スレ違いから『寺田屋事件』ボッ発。
 ↓
久光『文久の改革』で公武合体進める。
 ↓
でも『生麦事件』起こしちゃって、「さすが薩摩!」と尊攘派また盛り上がる。

今、京都で最もアツくて、so coolなのは……久坂玄瑞や桂小五郎を中心としたぁー……
尊攘派の長州藩(イェーイ)! 
尊攘派の勢いがすごくなったり、弱くなったり……。公武合体派が脚光を浴びたり、失速したり……。で、また尊攘派が元気になったり……。
何度も似たような光景を見て、「おんなじこと繰り返してない?」と思われた方もいるかもしれません。そんな方のために言っておきます。
あ、はい、そうですよ。
ディテールは違えど、おんなじようなこと繰り返してます。京都や江戸が舞台の、シーソーゲームなんです。

 で、今は尊攘派の長州藩がイケイケ。飛ぶ鳥を落とす勢いとはこのことです。
鳥ハンター長州は、朝廷にも尊王攘夷の風を吹かせまくっていました。

 長州「幕府はいずれ攘夷をするって言ってましたけど、そんなぬるいこと言わさず、もう『今、攘夷やれよ!  日本にいる外国人追い出せよ! 』って、迫りましょう!!」
公家「そうだな!  ガチで攘夷やらせよう!!  よし、お出かけだ!」

 三条実美(さんじょうさねとみ)さんと姉小路公知(あねがこうじきんとも)さんていう尊攘派の公家は、幕府に乗り込みます。

 三条実美「で、攘夷どうします?  ねえねえ?  ねえ? ?」
徳川家茂「そう……ですね………来…年……来年そちらへ伺ってお返事します」

 家茂ちゃん京都旅行決定。
長州の暴風は、将軍・家茂ちゃんを京都へ運ぶほどに吹き荒れていたのでした。
でも、この時の京都……将軍が行くには……
危なすぎるんです。
 Q.なんで? 
 A.フツーにテロがあるから。

 現代の我々にはピンとこないかもしれませんが、たった約150年前の日本には、”テロ”があふれてたんです。
尊王攘夷を掲げ、「天誅(天罰)!」ってことで人を斬る激ヤバなヤツら。
ホントに尊王攘夷かどうかわかんないけど、とりあえず掲げとけーって、すぐ斬るちょーヤバいヤツら。
とにかく斬っちゃうヤツらのオンパレードな町。それが、京都だったんです。

 というか、一体そんな京都に誰がした…………。
大きく関わった人物を1人ご紹介しておきましょう。土佐藩(高知県)の志士、
武市半平太(たけちはんぺいた)
という人です。
”土佐勤王党(とさきんのうとう)”という、バリバリ尊王攘夷なグループを結成した、土佐の尊攘派のリーダー。
もちろん、長州の尊攘派リーダー久坂玄瑞さんや、他の志士たちとも交流があり、「みんな尊王攘夷頑張ってるから、オレも負けないぞ!」と、つい最近上京してきたパワフルな土佐の男。
何がパワフルって、それまで公武合体派だった土佐藩を、尊王攘夷派に変えてからの上京ですから、そんじょそこら………なんか、長州と似てますね。
それはそうと、武市さんは、公武合体派で開国を唱えた”吉田東洋(よしだとうよう)”という人を追いやり、藩の主導権を握ったんです。そんじょそこら…………やっぱり長州と似てますね。
ただね、長州とちょーっと違う部分があるんです。吉田東洋さんの追いやり方が
――暗殺っす。
そうっす。
武市さんの指示で、土佐勤王党のメンバーが吉田さんを暗殺してるっす。
土佐勤王党は、そうやって藩の中心的存在になったんす。
そこから、京都に来た武市さん。勢いは止まらず、尊王攘夷の邪魔になってる人を、吉田さんと同じように……
そうっす。
暗殺っす。
自分の理念を叶えるためっす。
チョコチョコ指示出して暗殺やったっす(一回「っす」やめますね)。

 で、武市さんの指示を実行していたのが、
岡田以蔵(おかだいぞう。”人斬り以蔵”という異名がついていました。土佐の人だよ)。
田中新兵衛(たなかしんべえ。薩摩の人だよ)
という2人。
他にも
中村半次郎(なかむらはんじろう。この人も”人斬り半次郎”なんて呼ばれてました)
河上彦斎(かわかみげんさい。漫画「るろうに剣心」の主人公、”緋村剣心”のモデルとなった人だよ)
という有名な"人斬り"が、京都を真紅の色に染め上げていたんです。彼らは、
幕末の四大人斬り
と呼ばれていました。
暗殺のターゲットとなったのは、
安政の大獄で、尊攘派の逮捕に関わった者。
公武合体で、和宮が家茂に嫁ぐのに関わった者。
尊王攘夷派を裏切り、幕府寄りになったとされる者……など。
しかも、ただ斬るだけじゃありません…。暗殺した者の体の一部を”警告”として利用するような、凄惨極まりないやり方を行ったりしています。
斬った首を門前に置いたり、腕や耳を屋敷に投げ込んだり……。
「これ以上邪魔をすれば、お前もこうなる」というメッセージの代わりに……。

 こんな京都に、将軍・家茂ちゃんは「来年伺います」と宣言しちゃったんです。
魑魅魍魎が跋扈する世界に、幼児が飛び込むようなもの。
なかなかのダイヤを首からぶら下げて、スラム街を堂々と歩くようなもの。
周りに一切娯楽がない田舎の男子校に、うっすら下着が透けるブラウスばかり着てくる24歳くらいの女性教師が赴任してくるようなもの(とにかくアブナイ)。

 幕府の人「ピーーーーーンチ!! !  京都に将軍様が行くなんて……アマリニキケンスギル!!」

 何かあってからでは遅いと、幕府関係者は冷や汗がリッターで出る思い。
前回登場、”京都守護職”を任された会津の松平容保さん。文字通り京都を守護するため、会津の兵を1000人連れて京都に来てました。
が、それでもまだ人手が欲しい……。
猫の手も借りたいモードに突入した、ちょうどそんなとき、
清河八郎
という人から、こんな発案が。

 清河八郎「将軍様を護るため、京都の安全を回復するため、ボディガードを募集しましょう!  腕の立つヤツなら身分なんて関係ないっすよ!  それに、今までに犯罪を犯した浪士(フリーター武士ね)も、これに参加するなら罪をゆるしてやりましょう!  そうすれば応募も増えると思います!  とにかく優秀なヤツをたくさん集めるんです!  将軍と京都、護りましょうよ!!」
松平春嶽「確かに、アブねー浪士のヤツら持て余してたし、そいつらがボディガードになるなら2つの問題が解決する……。よし、採用!  身分も関係ない!  罪もゆるす!  とにかく……募集だーーーーーーーーー!! !」

 幕府関係者はそのアイデアに食いつき、強ぇーヤツを募りに募ります。
その甲斐あって、集まった人数、
なんと、234人。
ここに、将軍警護と京都の平和を取り戻すためのグループ『浪士組(ろうしぐみ)』が結成されたのでした。だ・け・ど・も……。

 『浪士組』の発案者、”清河八郎”。この名前にピンときた方おられますか?  何か引っかかった方、違和感を感じた方……素晴らしいです(エクセレント)。
「はいはい、あの人ね……誰?」となっている人がほとんどだと思いますが、実は前回登場しております(一瞬、名前だけね)。
薩摩の久光が上京するとき
「幕府を倒すためだ!」
と、勘違いした尊攘志士がいっぱいいたとお伝えしましたが、清河八郎は、その勘違い志士の中の一人なんです。
ん?  てことは……清河さんは倒幕を願う、根っからの尊攘志士。
そんな人がなんで、将軍を護るグループを作るの?  幕府の助けになることを? ? 
ボディガードたちを連れた清河さんが京都の新徳寺(しんとくじ)というお寺に着いたとき、その答えが明らかにされます。
清河八郎の本性、現れます。

 清河八郎「フフフフフ……ハッハッハッハッハ……ハーーッハッハッハッハッハッハッハッハ!! !! 私は以前……」
浪士組「怖い怖い怖い怖い!  いっぱい笑ったあと、すぐしゃべりだした!」
清河「幕府の手先に罵られ、カッとなりそいつを斬ってしまった。そして、そのことにより幕府から追われる立場となった……」
浪士組「……なんか身の上話始めたぞ……どうリアクションとってあげればいいんだ……?」
清河「しかし……今回の企画が通り、仲間たちの罪がゆるされ、私自身の罪もゆるされた……フッフッフッ………」
浪士組「じゃ…自分の罪を帳消しにするために、このボディガード募集を考えたって……こと……?  なんてヤツだ……。ただ、頭はいい……」
清河「ここからが本題だ……。皆!  将軍警護の名の下、よく集まってくれた!!  しかーし……本当の目的は違う!! !! !」
浪士組「!?」
清河「みなさんには志士となってもらいます」
浪士組「………へ?」
清河「君たちには、尊王攘夷の最前線で働いてもらう」
浪士組「………えーーーーーーーーー!! !! ?」
清川「幕府の呼びかけで集まってもらった君たちだが、その幕府に給料をもらっているわけじゃない。君たちは浪人だろ?  だったら自由に動くべきだ!  朝廷が目指す攘夷を実行し、日本のために立ち上がろうじゃないか!! !」
浪士組「戸惑うけど一理あるーーーーーーーーー!! !!」
清河「そして、『生麦事件』の報復でイギリスが攻撃してくるかもだから、攘夷のため関東に戻るぞ!! !」
浪士組「うぇーーーーーーーーー!! !! ?」

 「えー!」と「うぇー!?」でした。
すべては清河八郎の策略。
幕府の広告力と金で人を集め、それをそっくりそのまま尊王攘夷派にいただいちゃう。
敵の力を利用して、自分たちの仲間を増やすという、ギョーテンなことをやりやがったのです。

 幕府「あのヤロウ……ふっざけんじゃないよ!! !」

 そのことを知った幕府は、当然、ふざけんじゃないよ幕府でした。
しかし、中には……、

 芹沢「え、ヤなんだけど」
近藤「京都残って将軍様護ります」

 反対する人いちゃった。
清河さん、真っ向から否定されます。

 清河「べ、別に勝手にすりゃいいじゃん!  全然いいよ!  思いが伝わらなかったとかで怒ってないし!  勝手に将軍護りゃいいじゃん!  別に勝手にすりゃいいじゃん!!」

 清河プンスカ。
京都に残ると言った24名は、当初の目的である「将軍も京都も、オレたちが護る!」を掲げ、

 松平容保「助かるー!!  じゃ、オレんとこの下で働いてね!」

 京都守護職の会津藩主・松平容保預かりとなりました。
そして
『壬生浪士組(みぶろうしぐみ)』
ってのを結成します。メンバーは、
芹沢鴨(せりざわかも)
新見錦(にいみにしき)
近藤勇(こんどういさみ)
土方歳三(ひじかたとしぞう)
沖田総司(おきたそうじ)
山南敬助(やまなみけいすけ)…etc.
知ってた人も、途中でピンときた方も多いと思いますが……そう、この集団がのちの
新選組
です。
幕末史最大人気グループ『新選組』は、こうして誕生したのでした。

 清河さんと浪士たちが3モンチャクくらいかましてる最中、将軍家茂ちゃん、京都トウチャーク。
徳川将軍が上洛(京都入ること)するのは、3代将軍家光以来。実に229年ぶりの一大イベント。
財政厳しいのに、とんでもない大金はたいて、大行列での大移動でした(将軍が動くとなると、地味なことできないのよー)。
しかも、今回のイベントは、朝廷から「攘夷いつなの!?   いつ条約を解消してくれるの!?」を迫られるという、ピクニック気分一切ナシの厳しいもの……。
義理の兄の孝明天皇(奥さん(和宮さん)のお兄さまだからね)の期待にも応えないといけない……この状況、もう多分攘夷するって誓わないといけない雰囲気……。
迫る公家……にらむ志士……バクバクの心臓………ドックン………ドックン………ドックン………ドックン………。

 家茂ちゃんおよび幕府の人たち「じゃ5月10日に……」

 具体的な日にち決めちゃった。
晴れるといいね。
「うちの娘と付き合って長いみたいだけど、どうするつもりなんだ?  」「あ、いやもちろん結婚したいと……」「いつ?」「えっと……いずれ……」「いずれ!?」「あ、5月10日に……」
こういうのとすごく似てます(重大さがちょっと違いますね)。

 でも、幕府考えます。
幕府の怯えてる人「今、攘夷をして外国と戦争になんかなったら……あー考えただけでもトリ肌さんだよ……」
幕府のビビってる人「……形だけ……見せれば大丈夫じゃないですか……?」
幕府の怯えてる人「なになに?  なんかいいこと言いそう」
幕府のビビってる人「外国には『条約はなかったことにしてください……』って文書で伝えとくんです。で、直接会ったときに『あれ違うんですよ~、ホントはそんなこと思ってないんですよ~テヘヘ』って言えば、大丈夫じゃないですかね?」
幕府の怯えてる人「なるほど……うん、いける!  それでいこう!!  攘夷だからって、リアルに外国人を攻撃するヤツなんていないし、それで大丈夫だ!!」

 いたんです。
5月10日きっかり外国船に向かって、大砲をぶっ放したクレイジーなヤツ……いや、集団がいたんです。飛ぶ鳥落とす勢いの……
イケイケ長州藩。
高まった熱情の落としどころというか、それ以外選択肢がないほど洗脳されてるというか……。幕末という過激な時代の人間でさえ誰も通らない道を、長州は突っ走ります。
兵と船と大砲を用意して、馬関海峡(関門海峡だよ)を封鎖。停泊していたアメリカ船を発見すると、
ドーーーーーーーーーーン!! ! 
大砲かまします。
23日にはフランス船にドーーーン!  
26日にはオランダ船にドーーーン! 
イケイケのアゲアゲのバイブス感じまくり。

 久坂玄瑞「ぉっしゃーーーーー!! !!」
長州藩のみなさん「ヒャッハーーーーーーーーー!! !!」
朝廷「よくやったーーーーーーーー!! !!」

 お祭りだ。いやクラブだ。いややっぱりお祭りだ。いやこれはカテゴリーがまるで違う盛り上がりだ。というテンションが続いていたのでした。

 「水をさす」という表現は違うかもしれませんが、お祭り騒ぎはすぐに沈静化します。

 アメリカ「この前は、どぉーも……」
フランス「あの時は痛かった……」
米&仏「いたかったぞーーーーーーーーーーっ!! !! !」

 アメリカが仕返しにやって来たから。
続いてフランスも仕返しにやってきたから。
そこでもう……ハゲるんじゃねーかってほどのフルボッコ。
あちらにも多少の被害は出たものの、長州側の被害はレベルが違います。
船は沈められるわ、砲台はぶっ壊されるわ、おまけに陸に上がって民家は焼かれるわ……。
船も装備も身長も違いすぎる……。
外国の力をまざまざと見せつけられた結果に、長州しょんぼり。すごくしょんぼりなの…。

 長州藩「このままじゃヤバい……外国に立ち向かうことができない………。アイツを呼べ……。アイツを呼び戻すんだ!! !! !」

 ”アイツ”と言われたその男の名は
高杉晋作。
久坂玄瑞と並び「松下村塾の双璧」と称された孤高の才能。

 長州藩の人「上海に渡り、イギリス・フランスに敗れた国の実情を目の当たりにして、欧米の力を肌で感じた、あの晋作を!」
長州藩の人「日本に帰ってきてすぐ、勝手に藩の金で船買おうとして、『そんなことすんな! 』って長州藩に怒られた、あの晋作を!」
長州藩の人「『薩摩藩は、イギリス人を生麦村で斬って攘夷を実行したのに、オレたちも負けてらんねーだろ! 』って言って、久坂や伊藤博文たちと一緒に、品川にあるイギリスの公使館を焼き討ちした(英国公使館焼き討ち事件)、あの晋作を!」
長州藩の人「攘夷も実行しないし、行動を起こさない長州藩に愛想つかして、『じゃ10年お暇いただきます』って言って髪の毛剃り、「東行(とうぎょう)」と名乗ってひっそりと暮らしてた、あの晋作を!」

 ――そんな晋作を(どんな晋作)、長州藩は呼び戻したのでした(「呼び戻してよかったの?」って不安になるくらいネジがぶっ飛んでて、そのネジを手で転がして弄んでそうな波瀾万丈っぷり)。
外国にケチョンケチョンにやられてしまったこのピンチに、何かいい策はないかと尋ねられ、晋作は答えます。

 晋作「お任せください。考えがあります。志あるものを…武士であろうが農民であろうが、身分関係なく募り、一つの隊を結成したいと思います。正規の兵に対して、その名も……
『奇兵隊』」

 江戸という泰平の世でなまりきった体と、古い戦術を使うグータラ武士よりも、モチベーションが高く、腕に覚えのあるヤツらが、得意な武器を持って自由に戦った方が、長州のパワーアップに繋がると考えたわけです。
晋作は、身分最優先のこの時代に、能力主義の部隊を作り上げるという画期的なことをやってのけたのでした。

 外国からのハンパない攻撃をくらった長州。
実はその直後、外国からの猛攻を味わった藩が他にも……。
薩摩藩です。
去年、生麦村でイギリス人を斬った薩摩ご一行(生麦事件だね)。
イギリス側は幕府に賠償金を請求したのち、

 イギリス「幕府とは別に、薩摩にも……払ってもらわないといけませんね……」

 となったんです。
薩摩に個別請求するため、すぐそこまで迫るイギリス艦隊。

 イギリス「賠償金、もらえますか?」
薩摩藩「あのときイギリス人を斬った犯人がどこかへ逃げてしまって、今探してる最中なんですよー(大ウソ)。賠償金の話は、そいつが見つかってからにしましょう。
でも……今回の件、条約を結ぶ際に『外国の人も、大名行列が通るときはジャマしないでね』っていう項目を入れてなかった、”幕府”に落ち度があると思うんです。ということで……こちらは何も悪くありません(ニコッ)」
イギリス「(プチンッ! )……かわいがってあげないとダメなようですね……」

 かわいがりにかかるイギリス。

 イギリス「薩摩の船を捕まえろ!  ちょっと脅せばヒヨって『お金払います! 』って言ってくるだろ!」
五代友厚(ごだいともあつ)「五代です!  今、捕まりました!!  捕虜というやつになってしまいました!」

 何艘かの船が捕まり、五代さんて人たちが人質に取られた薩摩藩(NHK連続テレビ小説『あさが来た』をご覧になっていた方はお分かりになると思いますが、ディーン・フジオカさんが演じてらっしゃった、あの”五代"さんです)。

 薩摩藩「ふ、船が捕まり…何人かが捕虜に……。こうなったら…仕方ない……」

 ドーーーーーーーーーーン!! ! 
大砲撃っちゃいます。長州に負けず劣らず、薩摩もイケイケ。

 イギリス「なめくさってるなコルァァァ!!  ブっ潰してやらぁぁぁーーーーー!! !!」
薩摩藩「くるならこいやーーーーーーーーーーーーーーーーー!! !!」

 のちに
薩英戦争(さつえいせんそう)
と呼ばれた戦闘が、鼓膜をつきさす怒号と、大砲入り乱れる轟音と共に開始されたのです。
はしょります。終了。

 では結果報告。
この戦いも薩摩がフルボッコになったかというと、暴雨風の影響もあり、
薩摩側の被害が、死者5人、負傷者10数人に対し、イギリスの被害が、死者13人、負傷者50人、という結果に。
じゃ、薩摩の勝ちかというと、
船数隻、大砲数門、鹿児島城の一部、寺社、集成館、民家約350戸、藩士屋敷約160戸、などが焼失。
市街地の10分の1が、火災で消えて失くなったことになります。

 うーーーーん……とてもじゃないけど、「勝ったー!」とは言えない……。
とにかく「もう十分戦ったから仲直りしよ!」ということになり、薩摩はイギリスに賠償金(2万5千ポンド)を払うことを約束したのでした。
でもそのお金は……

 薩摩「おい、金貸してくれよ」
幕府「何言ってんのよあんた……。あんたのせいでこっちはどんだけ大金払ったと思ってんのよ!  それをまた金よこせだなんて……」
薩摩「だからー、”貸してくれ”って言ってんだろ!  とにかく、貰ってくかんな……」
幕府「ちょっと待ちなさ……ちょ、あ、ちょ、そ、……あ~……」

 幕府から借りました。で、返すつもりありませんでした。で、返してないです。
またもやお金をむしり取られる幕府だったのでした。
長州に続いて、外国のヤバすぎる力を体験した薩摩。しかし、薩英戦争がきっかけで、薩摩とイギリスの間に、不思議な関係が生じるのです……。

 薩摩「やっぱスゲーや。イギリスの軍事力、科学力ってのは、とんでもないんだな。あ、今度そっちから、船……買ってもいーか?」
イギリス「ああ、いいとも。そっちこそなかなかやるな。薩摩がこんなに骨のあるヤツだとは思わなかったよ」
薩摩「へへへ」
イギリス「ふふふ」

 河川敷で殴り合ったら、土手に寝転がって友情芽生える理論でした。
薩英戦争によって、攘夷をすることがいかに無謀なことかを悟った薩摩藩。
逆に、イギリスという強力な後ろ盾を手に入れた薩摩は、"ある答え"に向かって、歩みを始めるのでした。
そうなると、長州は一体どう出るのか? 
ガマン出来ないので言っちゃいますが、ここから長州に待っているのは
"転落"
です。

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私はお待ちしております。


■房野 史典〔ブロードキャスト!!〕
1980年岡山県生まれ。お笑いコンビ・ブロードキャスト‼のツッコミ担当。無類の戦国武将好き。歴史芸人ユニット「六文ジャー」を結成し、歴史活動も盛ん。

最終更新:7/26(水) 19:06
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