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IT化の大波に埋もれ取り残される町工場。今後の日本のモノづくりを支えきれるのか

7/26(水) 8:50配信

HARBOR BUSINESS Online

 前回は、先代と次世代の経営者間で勃発する「意見の食い違い」について述べ、その中の一例として、3Dプリンタを引き合いに出したが、今回から数回に分けて、「次世代候補」だった筆者が工場で作業をしながら感じた「町工場のIT化の現状」や、「製造業界が今後直面する“機械化”の問題」などについて綴ってみたいと思う。

 今月11日に総務省が発表した平成28年度の個人企業経済調査によると、パソコンを事業で使用している製造業の事業所の割合は、全体の35.7%、さらにインターネットに接続したパソコンを使用している事業所は33.9%に過ぎないという。

 これでも10年前と比べると10%ほど増えてはいるのだが、ありとあらゆる場所やモノが電子化されている昨今において、この数字は決して高いとは言えない。

 60歳以上の製造事業主の割合が76%を超えている現状を考えると、やはり製造業界における個人企業のIT化の遅れにも、彼らの高齢化が関係していることが分かる。

 高齢の経営者が、工場にパソコンを導入しない最大の理由は、いわずもがな、パソコンに対する知識がないことにある。工場を経営していた筆者の両親も、例に違わず通信機器には相当疎かった。

 父が初めてパソコンに触れた時のことは、いまだに忘れられない。家にやってきた馬鹿デカいパソコンを前に、どうしてそうなるのか、画面を凝視しながらマウスを耳元へ持っていき「もしもし」し、中学生の筆者に「まだ電源入れとらんのか」と言い残して部屋を出る彼を見て、「自分がしっかりしなければ」と、本気で思った。

 一方の母は、新しいモノ好きではあるものの、進化するたびに多機能化していくパソコンに混乱し、むしろできることが少なくなっていく。

 本人なりに、独学で色々と試すのだが、「あいき(筆者の名前)、なんやまたパソコンの調子がおかしいねん」と言ってくる頃には、すでに「初期化」以外に修復する術がない状態にまでなっていることもしばしばである。

 そんな父の工場で発行されていた伝票は、案の定というべきか、最後までほとんどが手書きだった。納品書と請求書、受領書は、3枚写しのできるカーボン紙。見積書も手書きで作成した後、ファックスで得意先へ送信していた。

 かろうじてパソコンは1台あったのだが、病気で記憶障害を負った父に使い方は定着せず、母のパソコンスキルにも不安があったため、こういう中で社内の事務作業をIT化することは、筆者1人しか情報を把握できなくなることになり、結局、筆者のみが受け持っていた仕事以外では、パソコンが事務作業で機能することはほとんどなかった。

◆町工場の経営者はほとんどがパソコンを知らない団塊の世代

 そうなると当然、筆者が伝票を作成する際も「手書き」せざるを得なくなるのだが、正式な書類を何通もペンで書くというのは想像以上に煩雑で、間違えれば原則書き直しせねばならないし、これがまたなぜか“製造業界の漢字”には、「研磨」「精密機械」「蒸着」など、画数の多いものが多く、毎度かなりの労働時間を「漢字」に費やしていた。

「パソコンだったら毎回書かなくても済むのに」と不満を垂れる筆者に、「手書きの方が誠意が伝わるやろ」と、言い訳じみた励ましを返してくる父の気持ちも、昭和の人間からするとまあ分からなくもないが、得意先で着々と進む担当者の世代交代に、その気持ちが充分に機能していたかはいささか謎である。

 もちろん町工場にもパソコンを導入し、IT化に成功しているところはあるが、筆者の父のような「経営者自身が団塊世代以上の職人」で、経験や技術が一本化されている町工場になると、その移行率は著しく低くなる。

 彼らは失敗した時のリスク、軌道に乗せるまでの労力などから、現行正常に機能していることにあまり手を加えたがらない。

 不慣れなことが増え、できていたことができなくなるリスクを負うくらいならば、現状の「手書き」のままで全く問題ない、と相成るわけだ。それを裏付けるかのように、年季の入った機械や工具ばかりの“物持ちのいい町工場”に営業として伺うと、やはり「手書き」の伝票を渡されることが多かった。

 決して「アナログ」が悪いわけではない。耳上に挟んだボールペンと、ポケットにねじこんだ伝票があれば、その場ですぐに処理できる利便性もある。

 父の工場の廃業が決まり、保存義務期間の過ぎた書類を1枚1枚確認しながら焼却処分していた際、父が言った「ほれ、この時最高売上出して嬉しくてな、だから帳簿にハナマル付けてん」という言葉で、「書いた記録は記憶に残りやすい」というアナログのメリットにも気付いた。

 しかし昨今、労働の現場で優先される処理能力は、「記憶」から「共有」へと大きく移行してきている。“IT化の波”はもはや「波」ではなく「水面の上昇」にまで達しており、ここ数年で多くの町工場にも、否応なしに「共有」型へ移らねばならない時が迫ってきているのだ。

 その大きな契機となっているのは、「大手取引先企業のIT化」だ。

 父の工場では、大手の取引先数社から、企業として信頼性があるかを確かめるためなのか「売上報告書」や「環境調査票」などの提出を年1回のペースで求められていた。

 なかなかの内容量だったその書類は、筆者が工場に入社した直後は、全企業が「受け取り」も「返送」も郵送だったのだが、時が経つにつれ、メールに添付されたファイルをダウンロードし、データを書き込み返信した後、バックアップしたCD-Rの提出をするようにと、仕様を変更していく企業が増えていった。

 普段の業務においても、金型業界には毎度欠かせない図面や写真などの授受は、ファックスからメールへと移り、「圧縮したファイル」を「解凍する」という作業も必要となっていく。

 このように、大手取引先企業のIT化によって、自社にもITを取り入れざるを得ない町工場が増えているのだが、若者にとってはなんてことないこれらのパソコン作業であっても、不慣れな団塊世代の一部にとっては、「ダウンロード」、「圧縮」の意味から1つひとつ調べる手順が必要になってくる。

◆町工場と大手企業の情報格差はますます広がる

 こうした「雑務」に追われながらIT化へ進み出した町工場の中には、「時間、コスト、労力をかけてどこまでIT化させるべきか」、「IT化が果たして本当にいいことなのか」といった、消極的な思いを抱き続ける経営者が少なくない。

 呼べば全員が振り向くような小さい工場には、メールでのやりとりはほとんどいらないし、図面や互いに共有するべきデータなども、電子化してパソコンで管理するより、紙ベースでカレンダーの横に貼っておいた方が断然スムーズである。

 大手以上に「ひと対ひと」のコミュニケーションが現場の雰囲気に直結するところ、そこに社内をIT化することは、かえってコミュニケーション不足につながり、結果的に仕事に影響することにもなりかねないのだ。

 各社が小さくとも、数と技術のある町工場は、「モノづくり日本」を下支えしている。そんな彼らとどのように情報共有していくかは、いまや製造大手企業が抱える大きな課題にもなっている。しかし、「経験一筋」でやってきた町工場にとってIT化は、メリットとリスクのバランスをよく考えて導入しなければならない複雑な問題で、大手と町工場には大きな温度差があるのが現状だ。

 次回詳しく述べるが、近年、製造業界の大手企業周辺では「IoT化(モノのインターネット化)」の大風が吹き始めており、町工場と大手企業の「情報格差」は、今後ますます広がっていく傾向にある。

 この大風の中、日本の製造業界は今、国内に埋もれかけている町工場の技術を守るべく、本格的な打開策を見出す時に来ているのかもしれない。

<文・橋本愛喜>

ハーバー・ビジネス・オンライン