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お母さんは買えるのか――世界で認められた日本人監督がスラムで見たもの

7/26(水) 8:50配信

女子SPA!

 日本人として初めてヴェネツィア・ビエンナーレ&ヴェネツィア国際映画祭の全額出資を受けた長谷井宏紀監督による映画『ブランカとギター弾き』。

⇒【写真】路上の盲目ギター弾き・ピーターは実在の人物。

 自身にとって初の長編にもかかわらず第72回ヴェネツィア国際映画祭マジックランタン賞、そしてジャーナリストから贈られるソッリーゾ・ディベルソ賞を受賞した同作は、YouTubeで発掘した主役の少女以外、キャストのほとんどが実際にスラムで暮らす人々、という意欲作です。

 舞台は、マニラのスラム。路上で暮らす孤児の少女・ブランカはある日、同じく路上で生きる盲目のギター弾きと出会います。互いに寄り添い穏やかな日々を送る二人。でも、やがてスラムの厳しい現実に翻弄されていきます。

 世界中を旅しながら写真家としても活動する長谷井監督がなぜこの映画の製作に至ったのか。本作にかける想いを聞きました。

◆「お母さん」を買うことができるのか

――この物語は、盗みや物乞いをしながら路上で生活する孤児の少女ブランカが、「お母さんをお金で買う」ことを思いつくことから始まっていますが、児童の人身売買を逆手にとったような発想が新鮮です。

長谷井:僕たちはお金でほぼすべてが解決すると知っています。「お金ってなんだろう」と考える余裕すらないじゃないですか。作って捨てる、作って捨てる、をばんばん繰り返す消費サイクルが激しい現代の社会で、「お母さんがお金で買えるのかな」とふと思いつきました。

――ストリートチルドレンや人身売買といったテーマが盛り込まれている社会的な作品ともいえますが、とても温かく前向きな映画に仕上がっているのが印象的でした。

長谷井:ショッキングな内容をショッキングに描いたら、ショッキングじゃないですよね(笑)。最近はニュースさえも、恐怖の餌をまいて購買につなげる風潮があります。僕はただ、自分が楽しんで撮影したいんですよね。映画に費やす時間は意外と長いから、自分が楽しめる作品にしたかったんです。

◆この作品はピーターとじゃなきゃ作れなかった

――路上の盲目ギター弾き・ピーターがブランカと一緒に旅に出るストーリーですが、ピーターとは以前撮影した短編映画で知り合い、彼をもとに脚本を書いたと聞きました。

長谷井:ピーターと最初に出会ったのは、短編の『LUHA SA DISYERTO』の撮影中でした。マニラにある地下道でギターを弾いて、小さな子どもをお金の監視役にしていたんです(笑)。

 ピーターと映画を作るのが僕の夢でした。この作品は彼とじゃなきゃ作れないと思ったんです。彼は連絡先をもたないから、フィリピンに入って彼を見つけだすのに1カ月半かかりました。

 ピーター以外のキャストも、2カ月半の間に、朝9時から夜7時くらいまでスラムを歩きまわって探したんです。ヴェネツィア国際映画祭のプロジェクトはプレミアに間に合えばどんな過程を踏もうが構わなかったので、キャスティングにも納得がいくまで時間をかけられました。

――本作の完成後、ピーターは突然亡くなってしまったとお聞きしましたが、彼はどんな人物だったのでしょう?

長谷井:フィリピンではキャストへのギャラは日払いのケースが多いんですが、ピーターは受けとるギャラすべてを困っている人や親戚に配ってしまう人。映画の最終日には5000円ぐらいしか持っていなかったんです。そのうち、「(人にあげるために)もっと金をくれ」って言いだす始末で(笑)。信じられないぐらい無欲なんです。

◆あの子どもたちをまた撮りたい

――劇中ストリートチャイルドとして登場するセバスチャンの表情が演技とは思えませんでした。セバスチャンはストリートチャイルドなんですか?

長谷井:セバスチャンは路上で生活しているわけではなく、家族と一緒にスラムで暮らす子どもです。映画の前は学校にも行っていなかったんですが、映画を撮影した後は学校へ行き始めるようになったらしいです。ただ、この前会ったときはもう行っていないって言っていました(笑)。

 映画に登場してくれた子のうち何人かは、以前、スラムのゴミの山で撮影していた時に出会った子たちなんです。また会おうって約束してたから、いつかまたあの子たちを撮りたいと思っていた。実現できてよかったです。

――映画に登場したスラムの子どもたちは、映画に携わったことで人生に変化が起きたのでしょうか?

長谷井:映画製作スタッフのなかにはフィリピンで有名なプロデューサーもいて、「セバスチャンは何者なんだ!? すごい俳優になる」と言っていたんですが、そこがセバスチャンとうまく結びついているかどうかはわかりません。でも、もし将来日本で映画を撮るときがきたら、セバスチャンがバーテン役で出てくるかもしれないなと考えたりしています(笑)。

◆マニラ警察にカツアゲされかけた

――スラムのストリートに出生証明書や結婚証明書の屋台が映っていましたが、証明書の屋台は本当に存在するのですか?

長谷井:偽造の証明書を売っている屋台は本当にあるんですよ。それに、フィリピンはカトリックの国だから、離婚禁止が原則。深くは知らないんですが、離婚は基本的にできない。敬虔深いのに偽造証明書が横行している、多様な顔をもつおもしろい国ですよね。

――作中、警察官がピーターからお金を取り立てるシーンがありましたが。

長谷井:ああいったことも普通にあります。あるとき、僕が歩いているとパトカーが止まって「パスポートを出せ」って言うんです。僕はどうみても外国人だから、「あぁ、外人だからお金を取り立てるターゲットにされたな」と思ったんで「いまは持っていない。家にある」と答えたら、「じゃあ家まで取りにいく」って言うんですよ。

 僕は当時イタリア大使にお世話になっていたので、「じゃあ、いまからイタリア大使に電話するから、お前ら全員クビになるぞ」と返したんです。すると、「いや、それは勘弁して、ごめんごめん。じゃあ、家まで送るよ」って。

 自分でもおもしろい経験してるなぁ~とパトカーの座り心地に酔いしれていたら、家についた途端「じゃ、ガソリン代ちょうだい」って(笑)。そんなの無理だと答えたら、今度は「じゃ、明日の朝ごはん代ちょうだい」ってね。いやぁ、本当におもしろい国ですよ、フィリピンって。人は明るいし、映画に対する自由度が高くて警察も映画撮影に協力してくれますしね。

◆アートとしてのシネマを作るヴェネツィア国際映画祭

――本作はヴェネツィア国際映画祭で見い出され、逆輸入のようなかたちで日本で公開されるわけですが、海外と日本で、映像作家を見る目になにか違いを感じたことはありますか?

長谷井:初めての長編監督作品、路上の人たちのキャスティング、フィリピンでの滞在、外国人ばかりの撮影クルー……この作品のすべてが大変な企画でした。そもそもビジネスにのらないこの企画を「おもしろい。いいじゃん、やろうよ」と思ってくれたのが、ヴェネツィア・ビエンナーレのシネマカレッジ。「ビジネスで映画をやる人はそういう人たちに任せておいて、俺たちはシネマをアートとして作っていこう」というのがヴェネツィアの発想なんです。

 シネマに対するプライドや、若手を応援するという想いが熱いんですよね。素晴らしいスタートを切ることができたと感謝しています。

――最後に、海外で活躍したいと思っている女子SPA!に読者にメッセージをお願いします。

長谷井:(目の前に来た)波にのっていこ!

<TEXT/此花さくや PHOTO/山田耕司>

女子SPA!

最終更新:7/26(水) 8:50
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