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“神様”カール・ゴッチ――フミ斎藤のプロレス読本#053【カール・ゴッチ編エピソード1】

7/26(水) 8:50配信

週刊SPA!

 199X年

 カール・ゴッチKarl Gotchの名は、“プロレスの神様”“レスリングの神様”というニックネームとワンセットになっている。

 “神様”というニックネームは日本のマスメディアがつけたもので、ゴッチ自身は「わたしこそはレスリングの神である」と語ったことはいちどもない。

 なぜ神様なのかというと、それはゴッチが“人間レベル”で日本のプロレス・シーン、あるいは日本のレスラーたちとかかわりを持ったことがなかったからだ。

 1924年8月3日、ベルギーのアントワープ生まれ。本名カール・イスタス。そのプロフィルには“空欄”の部分がいくつかあり、ナチス・ドイツの国家社会主義体制のもとで少年時代を過ごし、捕虜収容所内で第二次世界大戦の終戦を迎えたとされる。

 終戦から3年後の1948年、ベルギー代表としてロンドン・オリンピック(レスリング=グレコローマン)に出場。ただし、資料によっては、22歳(1946年)のときにドイツでプロレスラーとしてデビューしたとするデータもある。

 ベルギーのトーナメント大会(1953年)に出場したときにビル・ロビンソンの叔父でプロレスラーだったアウフ・ロビンソンと出逢い、このロビンソンの誘いでイギリスのウィガンにある“蛇の穴Snake Pit”ビリ・ライレー・ジムを訪ねた。

 イギリスでの暮らしが気に入ったゴッチは、そのまま5年間、ウィガンに滞在。このときに、のちにゴッチの代名詞となるサブミッション(関節技)の技術を体得した。

 “蛇の穴”の道場では、29歳のゴッチとまだ15歳だった“人間風車”ビル・ロビンソンがスパーリングをおこなったという有名なエピソードがある。

 1959年にカナダを経由してアメリカに渡り、カール・クラウザー、あるいはキャロル・クラウザーというリングネームで活動。1961年、オハイオに転戦したさい、プロモーターのアル・ハフトから“ゴッチ姓”を与えられた。

 カール・ゴッチというリングネームは、20世紀のアメリカン・プロレスの“始祖”フランク・ゴッチにあやかったもので、名づけ親となったハフトも現役レスラー時代、ヤング・ゴッチを名乗っていたことがあった。ハフトは若き日のゴッチの姿に“家元”フランク・ゴッチのイメージをみたのかもしれない。

 ゴッチは1961年(昭和36年)に初来日し、ジャーマン・スープレックス・ホールドを日本のリングで初公開。『第3回ワールド大リーグ戦』で“プロレスの父”力道山と対戦した。

 1968年(昭和43年)から1969年(昭和44年)にかけては東京に長期滞在し、日本プロレス協会の強化コーチをつとめ、その後、1972年(昭和47年)にアントニオ猪木の新日本プロレス設立に協力した。

 現役選手として猪木と試合をしたときは、50歳という年齢に手が届こうとしていた。すでにアメリカ国内ではツアー生活はやめていたし、レスリング・ビジネスにはあまり興味がなかった。

 現役時代のゴッチの試合を鮮明に記憶しているプロレスファンはもうほとんどいないだろう。

 ゴッチがほんとうの意味で“神様”のような不思議な力を発揮するようになったのは、猪木よりもあとの世代の日本人レスラーたちとリング以外の場所で接するようになってからだった。リング以外の場所とは、もちろん、道場を指す。

 藤波辰爾、木戸修、藤原喜明、佐山聡、前田日明、高田延彦らは、観客のいない場所でゴッチといっしょに長い時間を過ごした。“神様”のレスリング技術は、あるときはストロングスタイルと呼ばれ、またあるときはUWFスタイルと呼称された。

 強くなりたいという者たち、みずからゴッチ道場の門をたたいた者たちには、ゴッチはわけへだてなくレスリングを教え、レスリングを説いた。

 神様は、日本のプロレスラーのレスリングに対するまじめな姿勢をうれしく思い、ひょっとしたら、このレスラーたちならば現役時代のゴッチがひとりでできなかったことを実現させてくれるのではないか、と本気で考えるようになった。

 神様をその気にさせたのは藤原であり、佐山であり、前田であり、彼らが新しいリングに集いスタートさせたプロフェッショナル・レスリングの改革だった。そこにはたまたまUWFという団体名がついていた。

 しかし、佐山が抜け、藤原が去り、前田と高田が別べつの道を歩みはじめ、けっきょく“U”の分子は3つ、4つに細胞分裂していった。

 プロフェッショナル・レスリング藤原組、UWFインターナショナル、リングスのU系3団体のなかでは、藤原組のリングでおこなわれている試合がいちばんゴッチ流のプロフェッショナル・レスリングに近い。

 いまでもゴッチはレスリングのことだけを考えて生きている。毎朝5時に起床し、自宅のガレージを改造してつくった練習場で約2時間のトレーニング・メニューを消化。そのあとは、愛犬ジャンゴを連れて田舎道を1時間ほど散歩する。

 楽しみといえば、日本の友人が送ってくれる大相撲のビデオを観るくらいで、あとは家でゆっくり食事をして、ほんのちょっとだけワインを飲んで、外が暗くなったらもうベッドに入ってしまう。

 いったいどうして、みんなが仲よくやっていけなかったのか。ゴッチにはどうしてもそれが理解できない。理想とするレスリング、考えていたことは同じだったはずなのに、あっというまにみんなの気持ちがバラバラになってしまったことに納得がいかない。

 それでも、神様は毎朝、決まった時間に目をさますと、だれのためというわけではなく、ただ黙々とトレーニングに朝を流している――。

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:7/26(水) 8:50
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