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今の自衛隊に対して、元エース潜水艦長が感じた「ある」傾向

7/27(木) 8:00配信

BEST TIMES

元エース潜水艦長が書いた『日本の軍事力 自衛隊の本当の実力』(中村秀樹・著)が話題を呼んでいる。そのなかで指摘される軍隊における歴史と伝統の重要性とは。

自衛隊は賢者か、愚者か? 

陸上自衛隊 多用途ヘリコプター〝UH-60JA〟:愛称ブラックホーク
出典:陸上自衛隊WEBサイト (http://www.mod.go.jp/gsdf/equipment/air/index.html) どんなことにも、理想と現実があります。 理想像を知らなければ、現実こそがすべてだと思ってしまう。プラトンではありませんが、あるべき姿としてのイデアは必要です。なければ努力目標がわかりません。

 自衛官には 、あるべき軍人像というイデアがないように見えます。軍人像同様、軍隊像もまた、ありません。あるべき姿を夢想だにできず、仕事を通じて得られただけの限られた経験や知識、それだけですべてを判断してしまっているかのようです。そして、消化不良のまま米国から直輸入された知識が幅を利かせています。

 かつての自衛隊は 、旧軍人があるべき姿を腹に秘め、現実に妥協しながら作り上げてきました。いまにちゃんとした軍隊にするために隠忍自重していたのです。しかし戦後世代にとっては、この妥協の産物がすべてです。したがって、本来あるべき姿というものがわかりません。また、わからないことすら認識していないから、問題を感じていないのです。知らないことを知らなければ何も始まらないのは 、なにも哲学の世界だけの話ではありません。

旧軍の歴史に無関心な自衛官

 日本には旧軍という絶好の教材があるのですが、自衛官は戦史を含めて旧軍には関心を払わないため、その貴重な財産は埋もれてしまっていきます。狭い経験と非現実的な机上の話が主となり、これに消化不良のまま米軍から直輸入した知識が加わって、脈絡のない自衛隊の軍事常識が形成されます。陸上自衛隊の野戦型戦闘形態も、海上自衛隊の対潜戦偏重も、航空自衛隊の防空特化も、それに依拠してきた結果でしょう。

 旧軍に関心を払わないのは 、自衛隊全体の傾向です。私の現役時代、海上自衛官で大東亜戦争中の主要海戦の名を2つか3つ知っていれば上等なほうでした。 主要海戦についての基礎知識を有し 、自分なりの分析や評価ができる人物は、 きわめて稀でした。

 数十個ある陸上自衛隊普通科連隊で旧陸軍歩兵連隊と同じ部隊名(番号)でほぼ同じ場所に駐屯しているのは、3個のみです。

 第1連隊(東京)、第5連隊(青森)、第34連隊(静岡)です。頭号第1連隊は別として、歩兵第5連隊は八甲田山の雪中行軍で有名で、歩兵第34連隊は、軍歌にもなった軍神橘中佐が大隊長を勤めていました。

 多少、戦史に詳しい人なら、民間人でも知っています。戦前は、 海の広瀬中佐とともに広く知られた存在です。東宮武官(皇太子付の軍人)でしたが、名誉と安全より現場の歩兵大隊長を熱望して、 遼陽で戦死した軍人です。

 ところが自衛隊では34連隊の連隊長をやった人物すら 、その歴史があることを知りませんでした 。「そんなことを知らなくても仕事には困らない」と言ったその言葉に私は心底驚きました。

 外国の軍隊は、歴史と伝統を重んじて、部隊の士気の源泉としています 。観光対象でもある英国近衛連隊の黒毛皮の帽子は 、よく知られた存在です。この帽子は、 元々ナポレオンの親衛部隊の制帽だったのですが、欧州最強と言われたその部隊を撃破した英国軍が継承したものです。

 また 、日本で言えば「井伊の赤備え」が有名でしょう。ユニホームのように、その隊全員が朱塗りの甲冑を揃えることを赤備えといいますが 、徳川家の先鋒とされた彦根の井伊家は赤備えでした。これは、滅んだが精鋭と言われた武田家のものを継承しています。〈『日本の軍事力 自衛隊の本当の実力』より構成。〉

文/中村 秀樹

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