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組織に翻弄され続けた選手人生…【日本初のカヌー代表選手・本田大三郎】が語る東京オリンピック(後編)

7/27(木) 15:00配信 有料

サイゾー

2020年に五輪開催を控える東京と日本のスポーツ界。現代のスポーツ界を作り上げ、支えてきたのは1964年の東京五輪で活躍した選手たちかもしれない。かつて64年の東京五輪に出場した元選手の競技人生、そして引退後の競技への貢献にクローズアップする。64年以前・以後では、各競技を取り巻く環境は同伴化していったのか?そして彼らの目に、20年の五輪はどう映っているのか――?

 迷走を続ける20年東京五輪の報道を眺めながら思った。64年の東京五輪は、今よりも遥かに物資は少なく、日本の国際的な地位も低かった中で行われた。現在よりも多くの困難が生じていたはずだが、国史に残る一大行事となった。選手やスタッフはどうやって乗り越えたのだろう……それは僕らが20年を迎えるためのヒントにならないだろうか?

 その20年東京五輪に向けて、俄然注目が集まっている競技がカヌーだ。昨年のリオ五輪で、羽根田卓也選手が日本カヌー史上初の五輪銅メダルを獲得。東京で、二大会連続のメダル獲得にも期待が集まるが、実は日本人が五輪カヌー競技に出場したのは、64年東京五輪が初めてのことであった。

「夜中部屋に戻って休もうとしたら『本田、ちょっと来い』って言われて。特別室に行くと、幹部が勢ぞろいしていて『今からお前に命令をするから、“はい”と言え』って言うわけですよ。命令も何も、内容も知らないのに返事できないじゃないですか。そう言ったら『いいから言え』と。しょうがないから、『はい!』と言うと、『言ったな。本田、明日からシングルはやめろ。岩村(俊一)とペア(2人乗り)だ。これは自衛隊の命令だ』と言われて。あれは頭きたなあ。一晩寝れなかった、悔しくて。佐藤も同じようにやられて、彼もいまだに不貞腐れてますよ。他の競技ですけど、突然自衛隊の所属になって、五輪が終わったら自衛隊を離れていた人もいて。そうやって選手の数を稼いでいた。

 本田はこの岩村と東京五輪にペアで出場するが、2人の関係は良好とは言えなかった。

「彼とは一切口をきかなかった。練習でも、私についてこられなかったんですよ。私はまずスタートで一気に全力を出して速度を上げてそのままゴールする戦法なんですけど、岩村は持久力がないから途中でバテて遅くなる。もうお互い顔も見たくなくて、嫌で嫌でしょうがなかった。本文:3,572文字 この記事の続きをお読みいただくには、サイゾーpremium for Yahoo!ニュースの購入が必要です。

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最終更新:7/27(木) 15:00
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