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ジョン・アーヴィング 25年越しの小説が完成するまで〈『神秘大通り』刊行記念インタビュー〉

7/27(木) 7:30配信

Book Bang

 ジョン・アーヴィングのいない時代があったとは考えられない。『ガープの世界』『ホテル・ニューハンプシャー』『サイダーハウス・ルール』『オウエンのために祈りを』『未亡人の一年』『ひとりの体で』……彼の小説は、特定の年代や場所を舞台としてはいるものの、時を超越した根源的なところがあり、いつの時代でも、どんな場所でも起こりうると読者には感じられる。ストーリーは最高で、登場人物はそれぞれ特異なキャラクターだが、人生という長い障害物コースをそろそろと進む私たち皆の姿を見るようだ。

 最新作『神秘大通り』では、人生のコースにはいつも以上に障害が多い。主人公は、メキシコのオアハカ市のゴミ捨て場で働きながら独学で文字を読めるようになった、障碍を持つ十四歳の少年フワン・ディエゴ。その妹ルペは人の心が読め、過去がわかり、未来を垣間見ることもできる――彼女はまた、オアハカ市の有名な聖処女(聖母)たちに夢中だ。兄妹二人の人生は、サーカスとかかわることで、よかれあしかれ変わってしまう。

 長い年月が経ち、フワン・ディエゴは――アーヴィング自身と同様、チャールズ・ディケンズの作品に触発されて――小説家になっており、名前もわからないアメリカ人青年――「グッド・グリンゴ(良い米国人)」と呼ばれている――と交わした約束を果たすべく、フィリピンへと運命の旅に出る。このふたつの時間の流れが絡みあい、照らしあって小説は進み、ふたつの流れが集束する結末は、アーヴィングの作品のなかでももっとも強く心に響く。

サーカスで働く子供たち

――『神秘大通り』の熟成期間はかなり長く、興味深いものだったようですね。

アーヴィング そのとおりです。私の場合、多くの作品がまとまるまでに長い時間がかかっています。『あの川のほとりで』の着想が生まれたのは刊行(二〇〇九)の二十年ほどまえです。『神秘大通り』の場合は、じつを言うと、二十五年ほどまえ、映画監督のマーティン・ベルといっしょにインドのサーカスの子供芸人の映画をつくろうと思ったのがそもそもの始まりなんです。

 その脚本のアイディアをほんのちょっとだけ使い、『サーカスの息子』(一九九四)のなかで、物書きとしては成功していないダルワラ医師というキャラクターをつくりあげました。あの小説をごく最近、それも綿密に読みこんだというのでないかぎり、ダルワラ医師が書き上げられなかった脚本がどんな内容だったか、思い出すのは難しいでしょうけれど。

 原稿は結局、ダルワラ医師のデスクの引き出しに放り込まれてしまいますが、マーティンと私は引き出しに放り込んだりしませんでした。インドではああいうアイディアは反発をまねくので、かなりの抵抗があるだろうと思ってはいましたが。(注 この映画はインド政府の許可がおりず実現しなかった)

――それはどういうことでしょう? 

アーヴィング サーカスのアクロバット芸人の中心が子供たちで、しかもセーフティーネットなしで高所で曲芸が演じられているという国は、世界でそれほど多くありません。『神秘大通り』を読んでいただけたらおわかりと思いますが、このふたつの要素が極めて重要なんです。子供の空中曲芸師と、セーフティーネットなし、ということがね。

 ある日、マーティンの奥さんであるメアリ・エレン・マーク(二〇一五年逝去)が電話をかけてきて、「いま、メキシコのサーカスの写真を撮ってるの。曲芸師は子供たちで、セーフティーネットがないのよ」と言いました。そこでマーティンと私は、ふたりの企画――危険にさらされる子供たち、サーカスで働くこと、サーカスに入るという一か八かの賭けをすれば、サーカスとかかわらないよりもましな人生が送れるという状況――の舞台をメキシコへ移すことにしたんです。

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最終更新:7/27(木) 7:30
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