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カール・ゴッチからのお手紙――フミ斎藤のプロレス読本#054【カール・ゴッチ編エピソード2】

7/27(木) 8:50配信

週刊SPA!

 199X年

 “神様”から手紙がきた、なんていったらまるで超常現象のようだが、ぼくはほんとうにぼくの神様からお便りをいただいた。

 もちろん、カール・ゴッチがいきなりぼくなんかに手紙をくれたわけではなくて、それはぼくがゴッチ先生に出した長い手紙への返信だった。

 ゴッチ先生とおはなしがしたかったらフロリダのタンパのお家に電話をしてみるという方法もあることはあるけれど、どうやらあの年代の人たちは電話というものがあまり得意ではないらしい。

 ゴッチ先生も、だらだらと長電話をするのがお好きではないようで、用件だけ話すとさっさと受話器を置いてしまう。

 ぼくは、ゴッチ先生のおトシをちょっとだけ意識して、そしてご無礼のないように、できるだけていねいな候文(そうろうぶん)をしたためた。

 ゴッチ先生からのお返事はこんな感じだった。

「貴君からの手紙、たしかに落手いたしました。貴君はまだズボンを2枚重ねて履いているのだろうか……」

 ゴッチ先生は、ぼくが穴ぼこだらけのジーンズの下にスパッツを履いていたことをおぼえていてくださった。でも、そんなことはどうでもいい。アンティーク調の古風な手動式のタイプライターでつづられたお手紙には、先生の近況がことこまかに書かれていた。

 奥さまのエラさんが病気――皮膚がん――になってしまったため、いまは1日おきにエラさんを病院へリハビリに通わせていてること。ゴッチ先生自身も持病のヒザの関節炎の治療に励んでおられること。

 いまでも毎朝、日の出とともに起床して、自宅の道場でケイコをつづけていること。もう1年以上、日本に行っていないが、エラさんの状態が落ち着いたら、また1カ月くらい日本に行きたいと考えていること。東京の銭湯の熱い湯につかりたいこと。エトセトラ、エトセトラ。

 便せんのところどころに修正液や消しゴムのあとがある。老眼鏡をかけてタイプライターと格闘するゴッチ先生の姿が目に浮かんでくるようだ。

 いつも驚いてしまうのは、ゴッチ先生のおはなしの内容がつねに首尾一貫していることだ。あるひとつのエピソードを語ってもらう場合、こちらがいつどんなシチュエーションでそれをたずねても、ゴッチ先生が話してくれるストーリーはまったく変わらない。

 もちろん、かなりのおトシだから、同じことを何度もくり返してしゃべったりするクセはあるけれど、記憶力がすごくよくて、もっとすばらしいのは、おはなしのいちばん大切な部分――メッセージ――がそのときそのときの状況によって都合よくひん曲がったりしないところなのだ。

 順序だてながら質問すれば、アントニオ猪木との思い出を語ってくれたりするし、アメリカでの武者修行時代の藤波辰爾のことや旧UWFのこともしゃべってくれる。

 ゴッチ先生は、いまだって藤原喜明、佐山聡、前田日明らひとりひとりとゆっくりおはなしがしたいと思っている。ゴッチ先生にはどうしてみんなが仲よくできないのかがわからない。

 お手紙の終わりのほうにはこんなことも書いてあった。

「若いうちはシュッドShouldだが、トシをとったらマストMustなのだ」

 毎日のトレーニングのことである。年齢をかさねていくにしたがってゴッチ先生の朝ゲイコはますますストイックなものになっている。

 もうリングに上がることなどないのに、ゴッチ先生は毎朝、たったひとりで汗だくになってスクワットをつづけている。それも、チューインガムを噛みながら、鼻歌まじりでだ。

 神様はあくまでも神様らしく、俗世間――たとえばプロレス界――の雑音とはまったく関係のないところで暮らしている。だから、現実的なトラブルをゴッチ先生の生活圏内に持ち込んだりしてはいけない。

 でも、神様からインスピレーションをいただくためにフロリダを訪れることはいっこうにかまわないらしい。ゴッチ先生は「みんな、ウェルカムです。でも、忍者スタイルはお断り。いきなりわたしの家のまえに現れてはいけない。まず連絡をよこしなさい」とルールを説明してくれた。

 手紙の最後の1行は“ザット・オールド・マンThat Old Manより”だった。(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:7/27(木) 8:50
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