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「米国人 もっと謙虚に」 ハーバード驚かせた日本語スピーチ、大喝采はなぜ?

7/28(金) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 女性が会社の電話に出ると「誰か男はおらんのか?」と言われた時代から、旭化成工業(現旭化成)で勤務してきた尾原蓉子さん。28歳で日本に「ファッションビジネス」を紹介してからは海外の第一人者を呼んでセミナーを開くなど活躍し、ファッションビジネスをリードする人材を育成する「IFIビジネススクール」の学長も務めた。ハーバード・ビジネススクールの経営者向けコース(AMP)を受講したのは、その学長に就任する前。卒業式の日、会場を一瞬、しんとさせた尾原さんが話した内容は、今で言う「ダイバーシティー(多様性)」を強く意識させるものだった。

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 子どもがいる状態で夫が転勤になったとき、いよいよ会社を辞めないといけないかなと思ったこともあります。そのとき、会社と相談して「嘱託」に切り替えました。1969年のことです。その後、ファッション企画室長や人材開発部長などの管理職も経験しましたけれど、身分はずっと「嘱託」のままでした。

 週に1日だけでしたけれど、在宅勤務しながら働いた時期もあります。週に3日は東京で勤務して、木曜日は夫と子どもたちがいる姫路で在宅、金曜日は新幹線に乗って大阪へ出社という生活を4年も続けました。セミナーの企画をしている間は、相手が米国にいる都合上、電話をかけるにしても夜中ですから、どこにいてもそう変わりはなかったのです。

■3度目の留学で米ハーバード・ビジネススクールへ

 いつしかFIT(米ニューヨーク州立ファッション工科大学)のようなファッションビジネスを専門に学べる教育機関を日本にもつくりたいと思うようになり、1978年ごろからいろいろと働きかけを始め、ようやく業界を挙げての支援が得られて、そのための財団が設立されたのは92年でした。94年からプレスクールとしてIFIビジネススクールの講座をスタートしました。建物が完成すると、私は旭化成からの出向という形で、その副学長に就任しました。

 米ハーバード・ビジネススクールの経営者向けコース(AMP)を受講したのは、97年のこと。いずれ学長になるのだから行ってきなさいという意味で会社が送り出してくれました。正式名称をアドバンスト・マネジメント・プログラムといい、学位とは関係なく約2カ月間、各国の主要企業から派遣されたCEO(最高経営責任者)候補生が集まり、最新の経営を学び、議論するプログラムです。

 日本はその頃、ちょうどバブル経済がはじけて元気がなく、米国は反対にIT(情報技術)バブルでイケイケドンドンの時期でした。先生の講義も「米国はこんなにすごい」という話が多かったし、全体に拝金主義的なムードもはびこっていました。当時、人気だった教授の一人は、何かというと「Show me the money(口ばかりではなく、本当にもうかっているのか金で示せ)」と言っていました。もちろん、学べることは多かったのですが、アメリカ・イズ・ナンバーワンという考え方に対しては、反感を持つ学生も少なくありませんでした。

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最終更新:7/28(金) 7:47
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