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「一度惚れたら離れられない」 スー女が語る安美錦の魅力

7/28(金) 16:00配信

NEWS ポストセブン

 相撲ブームが沸騰している。「謎のスー女」こと尾崎しのぶ氏が、現在相撲コラムを週刊ポストで執筆中。今回は前回に引き続き、アキレス腱断裂から復活した安美錦について尾崎氏が綴る。

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 土俵のアーティストである安美錦だが、話のおもしろさにも夢中にさせられる。横綱戦の仕切り中は「客席にカワイイ女性がいないか見回している」そうだ。緊張など全くない。注目の対戦であるから、女性の胸を燃えさせる良い機会だ、いいトコ見せちゃおう、と。

 大笑いさせられたのが「今夜は六本木から美女が消える。なぜなら一人残らず俺の誕生会に来る」や「高層マンションの最上階に住んでみたい」という、旧時代のアーバン臭の漂うもの。理由を考えているうち、私は一つの歴史に気付いた。

 安美錦は青森県深浦町出身、一九七八年生まれである。青森朝日放送が一九九一年に開局され、「トゥナイト」の放送が始まった。十三歳の少年の目に「トゥナイト」「トゥナイト2」から発せられる港区のムード(ジュリアナクイーン荒木久美子も含む)は刺激的で、これぞ東京、とながめていたのではないか。

 幼少期から相撲に励んでいた安美錦は深夜まで起きていなかったかもしれないし、お下劣と言えなくもないあの番組に興味を持たなかったかもしれない。しかし、青森朝日放送の開局は、当時の青森の少年少女にとって文明開化であったことに間違いはない。断言できるのは、私自身が青森の子供だったから。

「ザ・ベストテン」が一九八九年に終了。系列局がないため深夜に放送されていた「夜のヒットスタジオ」も一九九〇年に終わり、音楽シーンにおいて鎖国状態となっていた飢えた子供たちに、青森朝日放送は生放送の「ミュージックステーション」を届けてくれた。

 その金曜八時と、『ツインズ教師』や『南くんの恋人』の月曜八時を軸にして、一週間を生きていた。金曜六時からのピアノのお稽古では帰宅が八時を過ぎてしまうため、木曜にずらしてもらったほどだった。

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