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「学費無料なんか不可能」と若者に説教するイギリスの老害 - コリン・ジョイス Edge of Europe

7/28(金) 15:10配信

ニューズウィーク日本版

<多額の学生ローンに苦しむイギリスの若者たちは、近い将来労働党が与党になって学生ローンの負債を軽減してくれることを期待している>

前回のコラム「大学も就職も住宅も『損だらけ』のイギリスの若者たち」では、説明しきれなかった注意点や例外がたくさんあった。「最大で」とか「多くの」「一部の」と条件を付けるべき個所も多かった。文章中に「*」を付けて、最後に脚注で説明したかったくらいだ。

例えば、「*スコットランドの大学に在籍するスコットランド人学生の場合は学費無料」「*RPI(小売物価指数)プラス3%の利息が課されるのは、2012年以降に大学に在学していた学生のみ」「*学費は2012年までは『たったの』3000ポンドだった」「*比較的貧しい家庭出身の大卒者の債務は平均して5万9000ポンドだが、これは比較的裕福な大卒者の債務より数千ポンド多い」などだ。

さらに、前回のコラムではっきりさせておくべきだったことを、いま一度補足させてほしい。

前回コラムではポンドの金額に円での金額を併記したけれど、現在のレートで円換算したこれは、ミスリーディングだった。今は非常にポンド安が進んでいるため、現在のレートで円換算すると債務が実際より少なく見えてしまう。典型的なイギリス人の収入も、同じように円換算で見ると少なく感じるだろう。1ポンド=200円くらいでイメージしてもらうほうが現実に近いかもしれないから、学生ローンで今の大卒者が抱える平均5万ポンドの債務は、日本円でいえば1000万円に匹敵するくらいの負担になる。

学生ローンの条件も何度も変更されているので、一言で説明するのは難しいし、理解するのさえ大変だ。ローンが帳消しになったケースはどのような状況だったのか、どんな人がどういう金利でいくらローンを返済しているのかなど、僕自身も大混乱してしまった。詳しく調べれば調べるほど手に負えないのだ。

僕は個人融資についてはちょっと詳しいほうだと思っているが、それでも理解するのにとても苦労した時期があった。だとしたら、恐らく自分の資産管理など経験したこともない17歳の学生にとっては、どんなに大変なことだろう。まだ状況もよく把握できないような年齢のうちに、若年層を丸め込んで多額の借金を背負わせるのは、間違っているとしか思えない。

【参考記事】ヘンリー王子が語った母の死と英王室(前編)

労働党政権が近いと確信する若者たち

学生ローンは、後に条件が変更され、さかのぼって適用されることもある。将来的に勝手に条件を変えられるかもしれないというなら、現時点で提示されている条件がいいのか悪いのか、あるいはどの程度のメリットとデメリットがあるのかを判断できなくなってしまうから、これはひどく重要なポイントだ。



国民年金のように、政府が必要に応じて改訂する場合だってある(例えば、年金を満額もらうのに以前は国民保険料を30年間納め続ければよかったが、今は35年間支払わなければならなくなった)。

学生ローンの場合、大学卒業後に年間所得が2万1000ポンドに達すると返済をスタートすることになる。この返済開始金額はインフレと共に引き上げられるとみられていたが、ここ何年も据え置かれたまま。過去にさかのぼっての改訂だ。今後どんな手直しが行われるのか分からず、ひょっとすると大幅に不利な条件で改訂される可能性だってある。

未来の政治家が、「苦渋の決断だが正しい判断だ。わが国の大学を今後も発展させ、イギリスの教育制度の未来を守るためには必要だ......」と言って、債務帳消しの年数をさらに5年先延ばしに改訂しよう、などとする姿は容易に想像できる。

ネットを見ると高齢者たちが、「若者はカネがないと言うわりにみんなiPhoneを所有し、休暇になると外国旅行をしているが、私が学生の頃はベイクドビーンズやトーストで生活していたものだ」などと意見しているのをよく目にする。

確かにそのとおり、学生ローンのせいで、若者たちは若いうちから「消費者」という立場に慣れっこになっているところはあると思う(これこそ、学生ローンが忌み嫌われるもう1つの理由なのかもしれない)。でも高齢者のほうだって、この深刻な問題に罪悪感を抱かずに済むよう、現実に目をつぶり、物事をとんでもなく単純化しすぎている。

【参考記事】光熱費、電車賃、預金......ぼったくりイギリスの実態

イングランドの学生たちは、スコットランドの学生たちが学費を払っていないことを知っている......そして、自分たちより上の世代、つまり、学生ローンの制度を立案した国会議員や大学の上層部(教育「産業」の拡大で甘い汁を吸ってきた人々だ)も、かつて学費を免除されていたことをよく分かっている。こうした現状で、学費無料化なんて不可能だと説く人々の声に、学生たちが耳を傾けようとするはずがない。

最後に、学生たちは今、労働党が与党になる日は近づいていると確信していて、労働党政権なら学生ローンの負債を軽減するか帳消しにしてくれるかもしれないと考えている。明らかに、若者たちの心の声には大きな「*」のただし書きが付く(「*近いうちに借金の一部もしくは全額が消え去るかもしれない」)。

だとしたら、若者たちは今のうちにできるだけたくさん借金してやろうという気にならないだろうか、と僕は考えずにいられない。

コリン・ジョイス

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