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「病院で死ぬ」ということは不幸なことなのか? 病院だからこそできる終末期の医療

7/28(金) 6:30配信

ダ・ヴィンチニュース

 諺に「来年の事を言えば鬼が笑う」というのがあるが、2020年の東京オリンピックを迎えた後にやってくる「2025年問題」は、呑気に構えていられない喫緊の課題だ。約800万人いるとされる1947年~49年生まれの団塊の世代が後期高齢者(75歳以上)となり、社会保障の費用の急増による財政バランスの崩壊が懸念されるとともに、現在でも慢性的な人材不足を解決できないまま医療施設はもちろん介護施設も足りなくなる事態が予測されている。そうなると、家族が介護をするために離職を余儀なくされ貧困に陥るケースも考えられる。『ラストディナー高齢者医療の現場から』(老寿サナトリウム/幻冬舎)には、在宅での介護も介護施設への入所も難しい場合の第三の選択となる「療養病床」を持つ病院で、人生の最期を迎えた患者と家族の“8編のストーリー”が紹介されている。

 本書の舞台となっている病院の特徴は、タイトルからも想起される食事へのこだわりだ。胃に直接栄養を入れる方法の一つ「胃ろう」を造設すると、認知症が進んでしまうという。食べることへの興味を失うばかりでなく、人と一緒に食べるコミュニケーションが減ることが原因のようである。そのためこの病院では、胃ろうの患者さんにも顎や頬の筋肉を動かすトレーニングを行ない、果汁やコーヒーなどを含ませて凍らせておいた綿棒を唇や舌に当てて五感を刺激し「食べたい」という意欲を呼び覚ますようにしている。「うどんパーティー」といった特別なイベントのさいには、麺と具材をミキサーにかけて、麺は麺の形に、具材は具材の形に再形成して見た目にも普段食べるうどんを再現してみせるこだわりよう。他の病院で「もう食べられない」と宣告された患者さんが好物の「お好み焼き」を食べられるようになった事例や、鼻から栄養を取る寝たきりの患者さんが食事をとれるようになることで、トイレでの排泄までも可能になった事例が紹介されており、食事が人間らしく生きるのに必要なことなのだと改めて思わされた。

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