ここから本文です

漁港が砂漠に… 旧ソ連による「自然の大改造」が生み出した船の墓場

7/29(土) 8:20配信

NIKKEI STYLE

 自然の大きな力に、人類が抵抗することは難しい。いわんや自然を思いのままにコントロールすることなど、どうしてできようか?

 ナショナル ジオグラフィックの書籍『世界の果てのありえない場所』には、自然の猛威によって消えた街、あるいは人類の浅はかな行動によって失われた村など、廃墟と化した土地の数々が登場する。今回はその中から、干上がって砂漠となった港湾都市「ムイナク」を紹介しよう。

消えゆくアラル海

 かつてアラル海は豊かな漁場と水揚げに恵まれていた。カレイやナマズ、塩水に住むコイなど、旧ソビエトの人々が食べる魚の6分の1を供給していた。当時、ムイナクの漁師たちは、ソビエトで一番の漁師であることに大きな誇りを持っていた。

 だが今はもう、ムイナクには活気溢れる漁師たちの姿も、見渡す限りの波立つ湖の眺めもない。代わりに広がるのは、どちらを向いても赤茶けた砂と白い塩が縞模様を作る乾ききった砂漠ばかりだ。

 現在、湖の水辺は町から130キロあまりも離れている。当時活躍したトロール漁船は、すっかり水が干上がったかつての湖底に打ち捨てられている。さび付いた残骸が乾ききった砂地に並んで鎮座し、船の墓場となっている。船体は砂とサビに覆われ、水を失ってスクリューや舵が露わになっている様子は、どこか哀れで、ほとんど目を背けたくなるような光景だ。

予測できなかった悲劇

 アラル海の周囲には6000万人の人々が暮らし、湖の乾燥は今も進んでいる。その後退が始まったのは第二次世界大戦後のことだった。ウズベキスタンとトルクメニスタンで綿花栽培を進めるために、ある壮大な計画がもちあがったのだ。

 ソビエトが「自然の大改造」を掲げて実行したこの計画は、この地域を流れる2つの川、アムダリヤ川とシルダリヤ川の水を綿花栽培地に引き、灌漑(かんがい)しようというものだった。

 1950年代に行われた川筋の変更は期待通りの効果をもたらした。現在、ウズベキスタンの綿花生産量は世界のトップ10に入っている。

 しかしその半面、アラル海に流れ込む水量は激減した。かつての湖底だった場所は今や塩を大量に含んだ砂地となり、野生のラクダがのんびりと歩き回っている。アラル海の水がもう二度と戻っては来ないことを、彼らは知っているのだ。

※ナショナル ジオグラフィック『世界の果てのありえない場所』より一部抜粋して再構成

日経ナショナル ジオグラフィック社

最終更新:7/29(土) 9:45
NIKKEI STYLE

記事提供社からのご案内(外部サイト)

ライフスタイルに知的な刺激を。
生活情報から仕事、家計管理まで幅広く掲載
トレンド情報や役立つノウハウも提供します
幅広い読者の知的関心にこたえます。