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注目のポドルスキはスタッフも面白い。専属通訳の破天荒なサッカー人生

7/29(土) 8:10配信

webスポルティーバ

 来日してから約3週間。ルーカス・ポドルスキは今、日本にフィットしようと懸命なようだ。

【写真】“海外組”宇佐美は不思議な話をしていた。

「結構、日本語を話したりするんですよ。ポルディ(ポドルスキの愛称)は発音がいいのか、簡単な日本語だと日本人が話しているみたいです。まじめで、自身の得点について質問されたりしても、『まずはチームの勝ち点3が大事で、得点は二の次』という話をしています」

 こう明かすのは、ポドルスキの専属通訳をつとめる村上範和氏(35歳)だ。横浜フリューゲルスジュニアユースから横浜マリノスユースを経て明治大学に進学。昨季末まで約15年間国外でプレーし、今回の通訳就任を機にスパイクを脱いだ。今や多くのサッカー少年がJリーグを経験しないまま海外でのプレーを志す。ドイツにはそんな日本人選手が多くおり、村上氏もそんなひとりだった。

 今回の通訳就任は、マリノスユース時代の恩師がヴィッセル神戸の強化本部長を務めていることが直接のきっかけだった。就任が決まると、ポドルスキは3月にドルトムントで行なわれた自身の引退試合に村上氏を招待。その後はポドルスキの実家で家族との顔合わせまで行なったという。

「おそらくは、遠い日本で身の回りの世話までを託さなくてはならないことから、人物として信頼できるか、見極められたんだと思う」(村上氏)

 今回の日本移籍に関するポドルスキの本気度が伝わってくるエピソードではないだろうか。

 ところで、そんな村上氏のここまでの歩みは、ちょっと想像を絶するものがある。まず2002年、大学3年のときにブラジルでのプレーを目指して現地に渡った。パラナ州のクラブと契約まであと一歩のところまでこぎつけるも、ビザの関係で断念。もともとは欧州でのプレーを目指していた村上氏は、その後周遊チケットを利用してイタリアとドイツに渡る。ドイツではトライアルを受けてザールブリュッケン(当時は3部相当)のツヴァイテ(2軍)への入団許可を得るが、代理人に不当な金額を要求され断念、いったん帰国した。

 帰国後はサッカーと並行してプレデターフットサルクラブ(バルドラール浦安の前身)でプレー。フットサルで代表を目指そうかというほどのめり込んだが、04年6月からはアルビレックス新潟シンガポールに2シーズン在籍。その後、ローカルのクラブを3つほど渡り歩いた。

 09年の夏、当時の代理人がイングランド人だったことから、南アフリカへの移籍話が浮上した。ほとんど情報のなかった南アフリカだが、まずは練習参加で単身乗り込んだ。現地で見たものは、逆に衝撃的だったという。

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