ここから本文です

シャバで最後の風呂をともに…テロリストと刑事が裸で交錯した瞬間 ある公安警察官の遺言 第2回

7/30(日) 14:01配信

現代ビジネス

----------
報道記者として、警察やインテリジェンスの世界を取材し続けてきた竹内明氏。その竹内氏が長年、交流を持ってきた、ひとりの元公安警察官の生きざまからは、極左過激派やオウム真理教事件など、昭和から平成にかけての激動の時代の「裏側」で、決して光を当てられることなく活動してきた男たちの戦いが透けて見えます。知られざる公安警察の実像に迫る連続ルポ、第2回(前回までの内容はこちら)。
----------

シャバでの風呂は、これが最後だ

 大学生をまんまと追い出し、視察の拠点を確保した警視庁公安部の古川原一彦。一方、丸の内の三菱重工などで連続企業爆破テロ事件を起こした、東アジア反日武装戦線“狼”の佐々木規夫も、完璧な偽装を続けていた。

 佐々木は毎朝8時半に自宅を出て、同じ電車に乗って、会社に向かう。生真面目なサラリーマンを演じていた。だが、古川原たちの完璧な尾行に気づく様子はなく、仕事が終わると仲間たちと接触した。

 古川原たちは、芋づる式に仲間の大道寺将司、あや子夫妻の存在を突き止め、東アジア反日武装戦線“狼”グループの全容を解明していく。

 メンバーは会社員などを隠れ蓑にして、完全に地下に潜行したまま爆弾闘争を繰り広げる秘密テロ組織だったのだ。

 粘り強い視察は5ヵ月間続いた。この間、末端の古川原に休みはなし。駅伝がつちかった体力と精神力だった。

 古川原には忘れられない思い出がある。逮捕の前日、佐々木と風呂に入ったのだ。

 「普通は銭湯の中まで尾行しないが、逮捕の前日なので風呂桶を持って佐々木を追っかけた。すると、ほかに客はいなくて、2人きりで湯につかることになった。

 しばらくすると佐々木は湯を出て、髭を剃り始めた。鏡にくっつくようにして剃っていたので、眼がかなり悪いんだな、と思った。俺は心の中で『よく体を洗っておきなさい。シャバでの風呂はこれが最後だ』と言ったよ」

はたきおとした青酸カリ

 東アジア反日武装戦線のメンバーの一斉逮捕当日、1975年5月19日は朝から雨だった。

 極秘にしていたはずの捜査情報は漏れていた。

 <爆弾犯、数人に逮捕状>

 産経新聞朝刊にこんな見出しが躍ったのだ。

 「恥ずかしい話だが、俺は佐々木がとっている新聞がどこなのかを把握していなかった。産経に記事が出たとき、『佐々木は産経をとっているのか? と上司に聞かれて、答えられなかった」(古川原)

 古川原は5人の逮捕要員とともに佐々木規夫が住むアパートから梅島駅に向かう道に、サラリーマンを偽装して張り込んでいた。逮捕要員以外に15人ほどの防衛要員も周辺に配置されている。

 しかし、この日に限って佐々木がいつもの時刻に出勤しない。

 「俺は失敗を取り返そうと必死だった。もしかして佐々木が産経の記事を読んでしまったのではないか。ヅかれていたら(気づかれていたら)終わりだと思った」(古川原)

 猛烈な不安に襲われ、動揺し始めたとき、佐々木がようやくアパート敷地を囲む塀の引き戸を開けて出てきた。

 しばらく佐々木を尾行し、古川原は叫んだ。

 「佐々木規夫、逮捕する!」

 後ろから佐々木を羽交い絞めにした。捜査車両に佐々木を押し込んで、両脇を捜査員が挟んだ。古川原は佐々木の右側に座り、逮捕状を執行した。

 古川原はその瞬間をこう述懐した。

 「爆弾を爆発させるのではないかとか、凶器を持っているのではないかとか、いろんな不安はあった。でも、佐々木は一切無言だった。羽交い絞めにしてから車に乗せるまでまったく抵抗しなかった」

 そして身体捜検したときに、小銭入れが出てきた。古川原がその中を見ると、白いカプセルが入っている。

 「これはなんだ? 

 古川原が尋ねた瞬間、佐々木は手を伸ばしてカプセルを掴んだ。古川原はそれを慌てて叩き落とした。服毒自殺のための青酸カリだった。

 佐々木の住むアパート1階の部屋を捜索し、押入れの床板をはがすと、地下室が出てきた。コンクリで壁を固め、茶箪笥まで設置されている爆弾の製造工場だった。佐々木らは新たなテロを起こす準備を着々と進めていたのである。

 古川原は地下爆弾工場の存在にまったく気付いていなかったという。

 「コンクリの粉のようなものを運び込んでいるのは気付いていたが、まさか地下室を作っているとは思わなかった。だって、地下に穴を掘れば外に土を運び出すはずじゃないか。それはなかったんだ。

 調べてみると佐々木は床と地面の空間に、掘り起こした土をおしやっていた。でもこれは俺たち視察チームの大失態だった」

 実は、古川原たち「極本」の捜査は、警視庁内でも極秘で進められていた。「極本」とは別に、三菱重工ビル爆破事件の刑事部・公安部の合同特別捜査本部が、丸の内警察署に設置され、捜査員たちは捜査に奔走していた。

 公安部は、刑事部長をトップとする特捜本部にはまったく知らせず、極本に東アジア反日武装戦線のメンバーら8人を逮捕させたのである。1人は逮捕後に服毒自殺、2人を取り逃したが、市民を恐怖に震えさせた秘密テロ組織を一網打尽にされた。

 だが、話はこれで終わらない。この3ヵ月後、古川原は辛酸を舐めることになったのだ。

 (第3回はこちら)

竹内 明

最終更新:8/15(火) 22:40
現代ビジネス

記事提供社からのご案内(外部サイト)

「現代ビジネスプレミアム」

講談社『現代ビジネス』

月額1000円(税抜)

現代ビジネスプレミアムは「現代ビジネス」の有料会員サービスです。2万本以上の有料記事が読み放題!会員だけの特別記事も配信。豪華ゲストによるセミナーも開催中。