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「夢の高速鉄道」リニア実現への長い道のり

7/30(日) 6:00配信

東洋経済オンライン

 この夏、ようやく山梨リニア実験線で走行試験中の新型車両「L0(エルゼロ)系」に初乗車の機会を得た。

【写真】山梨リニア実験線のL0系

 1997年に山梨リニア実験線がオープンした際の報道公開で、当時の試験車MLX01に乗り込んだことはあるものの、実際の走行体験は今回で初めてである。東海道新幹線が開業したときと同じような興奮を抑えきれず、前日からそわそわしてこの日の朝を迎えた。

■一瞬で時速500kmへ

 一通りのレクチャーを終えて、さっそくL0に乗り込む。乗車口は飛行機に乗り込むボーディングブリッジのようで、案内にも「搭乗口」の表示があった。搭乗口に表示された「リニア51号 15時25分 名古屋行」「この列車は全席指定の『リニア号』名古屋行きです」といった案内に、リニア時代到来の実感が湧く。

 走り始めると車窓の風景はまず期待できないので、走行の状態が刻々と表示されるモニターをひたすら見つめることになる。時速約160kmでタイヤによる地上走行からいよいよ浮上走行へ。たちまち時速300kmに達し、そこから時速500kmまでの加速はまさに一瞬……という印象だ。

 1964(昭和39)年、世界初となる時速200km超での営業運転を行う東海道新幹線が開業。高速鉄道の時代が幕を開けた。

 だが、当時の国鉄は新幹線開業よりも早い1962(昭和37)年の段階で、すでに未来の「浮上式鉄道」の開発研究を着々と進めていた。「現行の粘着方式の鉄道では時速250kmが限界」というのが当時の国鉄関係者の定説で、それ以上の速度は超電導リニアによる浮上式鉄道に、というのが大方の意見であった。

 この時速250km限界説は、その後の技術の進歩による高速化で乗り越えてきたのは周知のとおり。現在では東海道新幹線で時速285km、東北新幹線で時速320㎞での運転が実現している。だが、浮上式鉄道では当初から時速300kmをはるかに超える時速500kmでの営業運転を目指していた。

 昭和40年代に入ると超電導磁気浮上の基礎試験装置が完成し、1972(昭和47)年には国鉄鉄道技術研究所(現・鉄道総合技術研究所)で実験車両のML-100が初めて浮上走行に成功。1977(昭和52)年には宮崎県日向市に「浮上式鉄道宮崎実験センター」(宮崎実験線)が開設され、逆T字型ガイドウェイによる実験車両ML-500が無人走行で世界最高速度の時速517kmを記録した。

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