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報道ステーションの12年間、フルタチさんが「決してネクタイを外さなかった」理由

7/31(月) 7:47配信

NIKKEI STYLE

 フリーアナウンサーの古舘伊知郎氏は2004年から2016年まで、報道番組のキャスターを務めた。ニュースを「実直」に伝えるために、番組起用と同時に装いを一新、あえて「サラリーマン化」したという。前回掲載「ダークスーツ一辺倒なんて思考停止」に引き続き、古舘氏に報道現場だからこそ心がけた「メッセージとしてのファッション」について聞いた。

 ――アナウンサーとして25年以上のキャリアを積んだ後、テレビ朝日系「報道ステーション」のキャスターになりました。装いで心がけたことはありますか。
 「ファッションはもともと好きでしたから、仕事を通じてカジュアルから正装までいろいろ勉強してきました。そういう経験を踏まえた上で、報道ステーションの12年間は白いシャツにダークスーツ、ネクタイという『決め』を作りました」
 「これはスタッフみんなで考えたことです。前任者の久米宏さんはヒゲをはやして、ブルゾン着たり、ネクタイ締めないでわざとやったりしていらっしゃった。ニュースのカジュアル化をはかって大成功した久米さんの後に、そのまねをしても討ち死にするのが関の山だと思った」
 「時代は移ろった。『右』だ『左』だと言わなくなり、左右の座標軸もおぼろげになっていた。そこで、『誠実に』『実直に』『愚直に』というコンセプトを決めて、かちっとした服装にしたんです。ファッションを『サラリーマン化』した。わざとね」
 「夏になる度に地球温暖化特番をやるでしょう。『おまえ、なんでクールビズにしないんだ』と視聴者からのクレームがどんどん来る。『冷房の効いたスタジオで涼しげにやりやがってこの野郎』と。よっぽどネクタイを取ろうかと思ったけど、やめた。仮にネクタイを外して室温を下げずに汗だくでやったとしても、逆のクレームが来るんです」

■ファッションは哲学であり武装である 
 「いちどね、猛暑で気温が40度超えたってときに、ドラマ撮影用の大きなストーブを背後に置いて『こんばんは、報道ステーションです』ってやったんです。ナイアガラの滝のような汗かいて、ジャケットがボタボタの汗で変色するひどい状態でね」
 「室温を40度以上に上げて『これが今日の埼玉県熊谷市の気温です』とやった。ストーブが当たる背中はもう65度くらいですごかった。そしたらものすごいクレームでしたよ。『そうじゃなくても暑いのに』と」
 「ネクタイを取らなかったのは、実直にニュースを伝えたかったから。自分のキャラクターなんか関係なく、おもしろいこと言わなくていいから。実直に強い思いを伝えたいときに、ファッションというのは強いメッセージですよ。ファッションは哲学だと思うし、武装する鎧(よろい)、甲冑(かっちゅう)なんだ。内側のアイデンティティーを外部化したものがファッションだと思う。実直なニュース、イコール、ネクタイです」
 「ダークスーツにも渋い極め方がありますよね。ただし(イタリア高級ブランドの)ブリオーニなんかで出ようものならえらいことですからね。『なんでおしゃれなスーツ着てるんだ』って。ファッション好きな人はオーダーにいくけど、番組ではオーダースーツを1回も着ませんでした。立って大きなパネルを説明する時に、しわの寄り方が違います。オーダーはいい意味で自分の第2の皮膚みたいで、体にまとわりついてくるんです」
 「お仕着せだとスーツに引っ張られて、よれそうになる。指し棒を持って『ご覧ください。こちらがイランとイラクの国境線ということになるんですが』と言ったときに、合わないスーツだと、肩口ががきつくて引っ張られる。プロとしてこれはだめです」
 「価格帯でいったら『国内のこのくらいからイタリアや英国製のこの程度まで』と大まかな目安はあります。悲しいニュースばかり伝えているんですからね。最高に着心地の良いスーツも、服に着せられているようなのもだめです。ちょうど真ん中あたりです」
 「時計もそうです。アンティークが好きです。最初の頃は、番組の内容や自分のファッションに合わせていろいろと選んでました。高いものではないんですよ。でも、やはり視聴者から意見がくる。途中から目立つ時計はやめました」

■唯一のお洒落、ポケットチーフは震災で外した
 ――東日本大震災をきっかけに、ファッションを変えたそうですね。
 「はい、ポケットチーフを外しました。それまでダークスーツに白いシャツで、唯一のポイントはチーフ。これはダークスーツに身を包んだサラリーマンの一輪の花だと思うんです。究極をいえば胸にバラの花を挿してもいい。ハンカチをシュッと入れるのは、女性のブローチじゃないけど胸元の一点豪華主義。それにはずいぶんこだわっていた」
 「だけど、東日本大震災は僕にとって非常に重い出来事だった。災害や事故でこの人が旅立たれたとか、ご遺族もご本人も悲しみはいかばかりかといったときに、自然と黒いネクタイしてるでしょう。それはその人の思いじゃないですか」
 「真摯に向き合うなら、お悔やみを示すときにネクタイしないできてもいいし、してもいいし。自然と数珠を持ってくる人がいて、それはそれでいいじゃないですか。そういう自分の気持ちを表現したかったから大震災後はポケットチーフを外したんです」
 ――古舘さんはトーク番組の印象も強い。
 「番組で着るものはインタビューの相手に合わせて準備することが多いです。たとえば大女優が来たときに、同じ色味だとどうするか。同じで良いというとらえ方もあるんですが、着物の色味とこちらのジャケットが同じなのを嫌がる方もいます」
 「その場合は、何パターンかを用意しておいて、事前に相手側にも見せてあえて違う色を選ぶこともある。インタビュアーは必ず一歩引いて相手を立てなければならない。いろいろケース・バイ・ケース。TPO(時・場所・場合)があり、カジュアルからフォーマルまでいろんな経験をさせてもらった」
 「昔はテレビ局のアナウンサーもファッションに手間とお金をかけなかった。僕は1977年にスポーツアナとしてテレビ朝日に入社しました。3分間のニュースを読むにしても顔は出ないから、ジーパンはいてTシャツで一年中クールビズ(笑)。会社を辞める84年まで男のアナウンサーはネクタイ代4000円だけ支給される。バブル経済の直前だったのにね」
 「そうなると、自分で工夫せざるを得ない。有名どころではない国内のアパレルメーカーに行って交渉するんです。『朝のワイド番組、週3回やってるんだけど、衣装提供していただけないですか?』って」
 「ロゴを出すという条件でOKもらって、そこのセーター着て、コットンパンツはいてやってました。毎日同じ洋服を着てられないですから。周りが無頓着だったのに比べると、かなり気を使ってました」
■局アナ時代、自腹でスタイリストを依頼 給料が吹っ飛ぶ
 「しまいには、ちょっと売れて調子に乗って会社を辞めました。ほんとですよ、調子に乗ったんです。結婚して子供5人いたらやめてないですよ。29歳で独身で、家庭的な責任が薄いからすぐにやめようと思えた」
 「そのフリーになる少し前でしたね。局で『おもしろいから古舘を真ん中に置いて、局アナ3人でゴールデンタイムの番組やらせよう』という話になった。ところがいざ始まると1回目の視聴率が悪かったんです。4.8%です。当時としては記録的に低い数字でした」
 「この番組は放送翌週の月曜日に即、打ち切りが決まりました。外部からタレントを呼ぶわけじゃないからスピーディーに打ち切っちゃう。でもワンクール(3カ月間)は続けなきゃいけない。僕は負けず嫌いだから翌週から自腹でスタイリストをつけました」
 「『目立ちたい』っていう思いもあって。プロレスを通じて親しくしていた売れっ子スタイリストさんに頼んだら、スタイリスト代が月給とボーナスより高くなった。赤字決算になっちゃったんです。衣装は買い取りだしね。そんなばかなこともやってました」

(聞き手は若杉敏也)

 前回掲載「ダークスーツ一辺倒なんて思考停止」では、装いでの創意工夫の大切さを語ってもらいました。

「リーダーが語る 仕事の装い」は随時掲載です。

最終更新:7/31(月) 7:47
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