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涙が止まらない…。シャペコエンセ、 悲劇のストライカーに長男が誕生

7/31(月) 8:30配信

webスポルティーバ

 7月19日、ブラジルのリオデジャネイロで元気な男の子が誕生した。特徴のある大きな目と丸っこい鼻……。母親は「私のアモール(愛する人)にそっくり」と喜び、彼と同じ名前をつけた。「これほど美しいプレゼントをくださった神様に心から感謝します」と自身のインスタグラムに記した。

ブラジル中を泣かせた元レイソルCF

 だが、父親がこの赤ちゃんを腕に抱くことは決してない。この子が父と対面することもない。なぜなら、父親は8カ月も前に天国へ旅立っていたのだから。

 父の名はチアゴ・ダ・ロッシャ・ヴィエイラ、愛称チアギーニョ。享年22歳。軽やかな身のこなしで敵の最終ラインをすり抜け、左足から強烈なシュートを放つ将来有望な若手ストライカーだった。

 チアギーニョはリオ州内陸部の出身で、地元のアマチュアクラブでボールを蹴り始めた。サンパウロ州の小クラブのU-20部門にスカウトされ、ここで最初のプロ契約を結ぶ。昨年7月、ブラジル南西部の中堅クラブ、シャペコエンセへ移籍。ブラジルリーグで23試合に出場して4得点を記録した。

 生涯最後の得点は、昨年の11月20日。強豪サンパウロとの試合で豪快なミドルシュートを叩き込み、スタンドから喝采を浴びた(これが昨年のチームにとっても最後の得点となった)。その3日後、彼は18歳の新妻グラジエーリさんから妊娠を知らされて、有頂天になる。

 前述のようにシャペコエンセは、ブラジル南西部の人口21万人のシャペコに本拠を置く地方クラブだ。1973年に地元のアマチュアクラブが合併して誕生したが、長いこと州や地方の大会に出場するだけの、ブラジルのどこにでもあるような弱小クラブだった。2000年代中盤には、負債が累積して破綻の危機に瀕したが、クラブ関係者が市、地元財界、市民に援助を訴えて再建に奔走し、辛うじて存続に成功する。

 以後、徐々に実力を蓄え、2009年にブラジルリーグ4部に参戦すると、わずか5年で1部まで駆け上がって「奇跡のクラブ」と呼ばれた。さらに、昨年は南米のカップ戦であるコパ・スダメリカーナ(欧州のヨーロッパリーグに相当する)で並みいる強豪を次々と撃破し、決勝まで勝ち上がった。

 しかし、クラブが創立以来最高の瞬間を迎えたまさにそのとき、世界のスポーツ史上でも類を見ない悲劇に見舞われる。11月28日深夜(日本時間29日午前)、コパ・スダメリカーナ決勝第1レグを戦うためコロンビアのメデジンへ向かっていたチャーター機が山岳地帯に墜落し、搭乗していた選手22人中19人、カイオ・ジュニオール監督(元ヴィッセル神戸)らコーチングスタッフ14人全員、さらにサンドロ・パラオーロ会長らクラブ関係者11人が死亡。その中のひとりが、公私両面で幸せの絶頂を迎えていたチアギーニョだった。

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