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【最終回】ストーリー戦略で弱小校をラグビー全国大会に導く:第4回 大手広告代理店を辞めてまで得たかったもの

8/1(火) 16:14配信

コーチ・エィ

「週3回、1回1時間半」という練習で、弱小チームだった静岡聖光学院ラグビー部を監督就任後わずか3年で花園出場に導き、高校ラグビー界の常識を覆した星野明宏氏。現在は、ラグビーU18 日本代表チームのヘッドコーチも務められています。

大手広告会社から大学院を経て教師に転身したというユニークな経歴の持ち主でもある星野氏に、強いチームづくりの哲学について、お話をうかがいました。

第1回意識改革『60分しかない練習』から『60分もある練習』へ
第2回選手が夢を描ける言葉をつくる
第3回スポーツを通してPDCAを回す思考力を身に付ける
第4回大手広告代理店を辞めてまで得たかったもの

教育への想い

---- 星野さんが、大手広告代理店を辞めて、コーチ、そして教員という道を選ばれた理由を教えてください。

星野) 大学時代から、自分の人生の軸を「スポーツ」と「教育」というの2つの軸で考えていました。就職先を考えるときは、スポーツに携わるか、教育に携わるかを考え、最終的には、まずスポーツビジネスの世界に入り、そこから教育にいこうと考えたのです。

---- 初めから、いずれは教育の世界へと考えていらしたのですね。「スポーツ」と「教育」という2つの軸は、どのような経緯から生まれたものなのでしょうか。

星野) 教育に対しての気もちは、高1の時に母を亡くした経験が大きく影響していると思います。

母は面白い人で、とにかく巻き込み上手な人でした。町内の婦人会で「旅行に行こう!」と勝手に周りを巻き込んで、旅行に行きました。そのときの写真を見ると、いつもはとても真面目な人まで、顔にペイントをして楽しんでいる様子が写っている。周囲の人と一緒に笑って一緒に泣ける、母はそんな女性でした。

その母が、私が高校1年生の夏に、くも膜下出血で亡くなりました。そして、想像もしていなかったのですが、母の葬儀にはなんと全国から300人くらいの人が集まってくれたのです。しかも、みんながみんな、母の死を悼んで本気で泣いてくれている。母が周囲の人たちに与えた影響を肌で感じ、改めてすごい人だったのだと思いました。

それが原体験です。なんのために生きるかを考えたときに、こんなふうに死んでいけるのはすごいと思ったのです。「死」という場面で、母の生きてきた軌跡を感じたわけですね。自分も、母のように多くの人に関わり、その人たちの人生に影響を与えていきたいなと思ったのです。

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最終更新:8/1(火) 16:14
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