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浦和ペトロヴィッチ体制の功罪 「楽しむ」哲学が生んだ爆発的な攻撃力と大一番の脆さ

8/1(火) 20:15配信

Football ZONE web

就任5年半を総括 貫いたスタイルと乗り越えられなかった壁

 浦和レッズは、ミハイロ・ペトロヴィッチ監督との契約を7月30日で解除し、同日から堀孝史新監督がコーチから昇格する形で指揮を執ることを発表した。通訳も務めていた杉浦大輔コーチとの契約も同時に解除。週が明けて1日には、長嶺寛明アシスタントコーチも辞任している。ペトロヴィッチ監督は、浦和では歴代最長となる6シーズン目の指揮に入っていたが、その体制は終焉を迎えた。

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 ペトロヴィッチ監督が就任した2012年は、前年に残留争いに巻き込まれた直後のシーズンだった。サンフレッチェ広島時代からの右腕である杉浦コーチは、後に就任1年目の第一次キャンプで「ダイスケ、パスが3本もつながらないぞ。私たちはどこに来てしまったんだ」と、ペトロヴィッチ監督が愕然としていたことを明かしている。まさに2000年代に築き上げた黄金期からの継続に失敗し、ボロボロになった浦和にやってきたことを象徴する光景だったという。

 そうしたなかでペトロヴィッチ監督は、チームの中心的存在だったMF鈴木啓太(15年で引退)に「大原(浦和の練習場)にはサッカーが楽しいと思って来てくれ」と声をかけた。攻撃的に、そしてサッカーを楽しむ姿勢を忘れないこと――。それはどん底を味わっていた選手たちにとって、救いの言葉になったのだろう。いつしか「楽しむ」という言葉は、チームの合言葉のようになっていった。

 それは、特に最初の2、3年はチームに大きな効果をもたらした。3バックと4バックが攻守の状況によって入れ替わる可変システムで、最終ラインの選手たちも次々に攻撃参加。どこか結果に対して委縮していた選手たちの呪縛を解き放ち、就任2年目にはリーグ66得点という爆発的な攻撃力を発揮した。着実にチームが復活を遂げた一方で、その「楽しむ」という要素がタイトルの懸かった大一番で脆さにつながる面が、浮き彫りになっていった。

勝負どころで露呈し続けたナイーブさ

 就任2年目の13年はヤマザキナビスコカップ(現ルヴァンカップ)の決勝で柏レイソルに0-1で敗れ、14年はリーグ優勝まで「あと1勝」と迫りながら、ラスト3試合で1分2敗とまさかの失速。2ステージ制になった15年はファーストステージを無敗で制しながら、チャンピオンシップ(CS)の準決勝と天皇杯の決勝でガンバ大阪に敗れた。そして昨季はセカンドステージ優勝、ルヴァンカップ優勝という成果を出しながら、CS決勝で鹿島アントラーズに敗れ、またも06年以来となる年間優勝を逃した。

 リーグ戦の何か大きなものが懸かっていない試合では伸び伸びとサッカーを楽しみ、鮮やかな攻撃でゴールを量産して勝っていく強さを見せた。しかし、タイトル獲得という重圧がかかり、「楽しむ」とはなかなか言っていられない局面では、武器である連動性も希薄になってしまった。

 リスクを負って攻めることで、より大きなリスクを避けてきたチームが、その最初のリスクを負えなくなっていく。内容にこだわり、チームの中身とでも言うべきものを整備していったが、その表面に出るもの、主要タイトルという結果を求められた時にナイーブさを露呈し続けてしまった。

 ペトロヴィッチ監督はしばしば、「結果から逆算してものを言うのではなく、内容をしっかり見てほしい」との言葉を残した。かつての浦和には希薄だった「楽しむ」要素を持ち込んだことで、チームは確かに息を吹き返した。しかし、そこから「やっていることの正しさを結果で証明する」ためのステップにおいては大きな成果を残せず、ペトロヴィッチ監督のメンタル面でのアプローチによる功罪は、こうした形で表れていた。

轡田哲朗●文 text by Tetsuro Kutsuwada

最終更新:8/1(火) 20:15
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