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【背番号】ソフトB 上林誠知「提示してもらったときは『うれしい』という思いだけ」

2017/8/3(木) 11:40配信

週刊ベースボールONLINE

プロ野球12球団の選手やスタッフに自由に語ってもらうコーナー。今週のお題は「背番号」です。

ソフトバンク・上林誠知「提示してもらったときは『うれしい』という思いだけ」

 自分の背番号は大好きです。それは「イチローさんの番号」と言える「51」だから。自分が小学生のころ、すでにイチローさんはメジャー・リーグでプレーされていましたが毎日、衛星放送のハイライト番組を欠かさずチェックしていました。

 小さなころから今に至るまで、ずっとイチローさんはあこがれの存在です。同じ左打ちということで打撃のマネをしましたし、現在でも映像を見てお手本にさせていただくこともあります。

 プロ入りの際に球団から背番号を提示してもらったときには「うれしくてしようがない」という思いしかありませんでしたが、今は「51」にふさわしい打者になるためにもっと頑張らないといけないという気持ちが強いです。
 

日本ハム・岡大海「投手のエース番号というイメージでした」

 昨年のオフに背番号「18」に変わると言われたときはまったく想像していなかったので、とにかくビックリという気持ちでした。

 小さいころからプロ野球をずっと見ていて、投手のエース番号というイメージでした。18番を背負っていた選手は歴代を見ても活躍されている方が多いですし、その番号を汚さないように活躍したいという思いが一番でしたね。それに大学まではピッチャーもやっていたので18番はすごいなと。

 新しい番号になって、シーズンも半分以上が過ぎましたけど、慣れてきたというか気にはならなくなってきました。それに背番号は自分で見られるものではないですからね。この番号に見合うように、さらに精進していきたいです。

ロッテ・大嶺翔太「0と100のちょうど間、区切りがいいな、と」

 2010年、入団したときに背番号「50」をもらい、今でも着けさせてもらっています。僕の前には、04年から09年までロッテに在籍していたベニー・アグバヤニが着けていました。

 番号をもらったときに聞いたのは、ベニーはハワイ州出身。ハワイは50番目にアメリカ合衆国の州として登録されたから「50」を背負った、という話でした。僕は沖縄・石垣島の出身ですが、そういうこともあって「50」になりました。

 背番号には特に意識はありません。今後、着けたい番号とか、あこがれている番号とかもありません。正直、何番でもいいんです。でも、「50」という数字は0と100のちょうど間、区切りがいいなと思っています。

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