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落語の『百年目』に学ぶ 遊び・ゆとり・ムダの違いは?

8/3(木) 16:11配信

日経BizGate

実は遊び上手だった番頭

 「百年目」というのは、100年という物理的な時間の長さを指すだけではなく、長期間に一度しかおこらないようなめったにない好機という意味を持つ成語でもある。あるいは、100年を人の寿命の限界とみて、人生のおしまいの時、運の尽きなどを意味する。この「百年目」が落ちになる、以下のような古典落語がある。

 大坂の船場にある大店(おおだな)の話。商売繁盛するこの店の旦那は、番頭に店を任せっきりにしている。旦那が堅すぎると評するほど、遊びを知らぬ堅物で通る番頭は、奉公人たちにも実直勤勉を要求する。たとえ余暇であっても、彼らが芸事や茶屋通いなどの遊びに羽を伸ばすのを許さない。万事につけ小言を言い、規律付けしようとする番頭は奉公人たちの嫌われ者だが、旦那の全幅の信頼を得て店を仕切るこの番頭に逆らえる奉公人はいない。

 ところがこの番頭、実は年季の入った遊び上手だ。大川沿いの桜が満開になったある日のこと、日中に店を抜け出し、前もってあつらえておいた屋形船で芸者をあげて桜見物としゃれこむ。夕刻には店に戻らねばならないし、陸(おか)に上がって知人に見られるとことだからと、初めは船の中から静かに桜を眺めていたものの、もちろんそれでは収まらない。そのうちに酒が回って気が大きくなり、芸者たちとともに陸に上がり、桜見物の人たちにまぎれこんで、風雅な芸事などを繰り広げるのである。

 ところが店の旦那も、知り合いと連れだって同じ場所に桜見物に来ていて、たまたま番頭を見つけてしまう。堅物からは想像もつかないこなれた動きを見せ、目隠し芸で芸者たちと遊ぶ番頭を見て、ここで自分と顔を合わせては極まりが悪かろうと、声もかけずに番頭の横を通り過ぎ、その場をそっと立ち去ろうとする。そのような配慮にもかかわらず、酔っているうえに目隠しをしている番頭は、なんと立ち去ろうとする旦那を捕まえてしまうのである。

 目隠しを取って、捕まえた相手が旦那であることを知った番頭は気が動転して、長らくご無沙汰をしておりますと妙な挨拶をする。旦那は連れの芸者衆に、自分の大事な番頭ですから、けがのないように遊ばせてほしい。心得ているとは思うが、夕刻にはそれとわからぬように店に帰してほしいと言い残すと、逃げるように去ってしまう。

 翌日、番頭は旦那に呼び出される。前日の不始末をとがめられると覚悟を決めていた番頭に、旦那は穏やかな口調でにこやかに上下関係の機微を説く。上が栄えるためには下に付く者が潤わなければならず、下が潤うためには上が栄えなければならない。下が潤わなければ、いずれは上も駄目になるとしたものだ。だから私はお前が潤うよう配慮しているつもりだ。店に出れば番頭と奉公人の上下関係がある。ところが、このところ上は栄えているものの、下のほうにゆとりがなくて元気がないのではないかと、暗に規律で締め付けすぎることの弊害を語るのである。

 旦那は続けて遊びの大切さも説く。遊ぶところでちゃんと遊ぶことができないような者に、大きな商売はできない。これからはこそこそとせずに、店のために堂々と金を使ってお得意さんたちと遊んでほしい。

 ただ、昨日の堂々とした遊びっぷりを見て、金の出どころが少し心配になった。自分から店を任せておきながら疑うのは悪いとは思ったが、一晩かけて帳簿を調べさせてもらった。そうしたら帳簿にはただ一点の無理もない。自分の甲斐性で稼いで甲斐性で使う。いまさらながら、お前は大した人間だと感心しましたと言う旦那に、番頭は感極まって平伏するのである。

 ただ一つわからないことがある。普段からよく顔を合わせているのに、ご無沙汰しているなどと昨日は妙なことを言ったのはなぜか。そう問われた番頭が恐縮して言うに、あれがもう「百年目」だと思いましたので――。

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最終更新:8/3(木) 16:11
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