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「メンタル」と「人間性」が際立った「全英オープン」と「全米アマ」

8/3(木) 6:00配信

新潮社 フォーサイト

 

 イングランドの北西に位置する名門リンクスコース「ロイヤル・バークデール」で開催された今年の世界4大メジャー3戦目「全英オープン」の面白さは格別だった。その後味がとても甘美に感じられるのは、ジョーダン・スピース(24)とマット・クーチャー(39)という2人の米国人選手の優勝争いに、最小スコアを競い合う以上の「何か」があったからではないだろうか。

 最終日の後半13番で大ピンチに陥り、一度は単独首位の座から陥落しながらも見事な巻き返しで勝利を掴んだスピースは、決着後、敗者クーチャーを心から気遣った。

 スピースと入れ替わり、13番を終えて単独首位に立ちながらもスピースに敗れたクーチャーは、メジャー47試合目にしてまたも惜敗に終わった悔しさの中、それでも勝者スピースを心から賞賛した。

 そんな勝者と敗者の姿に心を打たれた人はきっと多かったはずだ。


■讃え合う勝者と敗者

 最終日の戦いのハイライトは、その13番だった。スピースがティショットを大きく右に曲げ、ボールはギャラリーに当たってさらに右の小高い丘の上の深い茂みの土中に埋まった。

 次打をどこからどうやって打つか。その判断に20分以上を要したスピースは、アンプレアブルを宣言し、どんどん後方へ下がって、驚くなかれ、練習場からグリーン方向を狙うという決断を下した。

 その間、クーチャーはフェアウエイの芝の上にタオルを広げ、その上に膝を乗せて、ただただ静かに待っていた。

 そして、スピースがボギーとした瞬間、ついにクーチャーが単独首位へ浮上。13番はクーチャー優勢に変わる転機に見えた。

 しかし、それは逆だった。13番の窮地をダブルボギーにせずボギーで収めたことで自信を得たスピースは、キャディのマイケル・グレラーとともに「ここから流れを変えるぞ」と気勢を上げ、14番からの4ホールで5つスコアを伸ばす快進撃。

 首位はすぐさま入れ替わり、クーチャーを引き離していったスピースが全英オープン初制覇、メジャー3勝目を挙げた。

 13番にかかった時間は合計29分。あのグリーン上で、スピースはクーチャーに「待たせて、ごめんね」と謝っていた。そう、あのとき、あんなにもスピースが時間をかけていなかったら、あんなにもクーチャーが待たされていなかったら、もしかしたら13番もそれ以降の終盤5ホールも、まったく違う展開になっていたのかもしれない。

 だが、クーチャーは恨みがましいことは一切言わず、それどころか「あのときジョーダンはとても難しい状況に直面していたのだから、時間がかかったのは理解できる。誰にもピンチはある。それがゴルフだ」とスピースをかばった。

 そして「ジョーダンのゴルフは本当に見事だった。彼こそは勝者に値する」とスピースを賞賛した。

 一方、スピースは、最善を尽くして戦いを終えた直後にクーチャーが今度は父親として子供たちに向き合い、最善を尽くす姿に心を打たれていた。

「ホールアウトして歩き始めた途端、マットの奥さんと2人の子供が駆け寄ってきた。そして、上の子(長男)のキャメロンがマットに抱きついて泣き出し、マットはキャメロンを一生懸命になだめていた。そして、子供たちから離れ、スコアリングテントで腰を下ろしたとき、ようやく彼は必死に抑えていた自分の気持ちを自分で感じ始めたようで、彼の目に涙が溢れた。

 そんなマットはゴルファーとしてだけではなく、父親として、1人の人間として、本当に素晴らしい。僕はまだ父親になっていないけど、僕の未来の理想像として、マットのそんな姿を心に刻んだ」

 互いに讃え合う勝者と敗者。その両方の姿を私は私の心に刻んだ。


■少年のころの母への誓い

 悔しい敗北を喫したときでさえ、グッドルーザーであり、紳士であり、素晴らしい父親であり続けたクーチャー。その彼が昔は短気で怒りっぽくて、ミスをするたびに悪態をついていたことは、あまり知られていない。

 だが、私は遥か昔に、その話を彼の母親メグから聞く機会に恵まれた。

 1997年の夏。当時、ジョージア工科大学の1年生だったクーチャーは、米国のアマチュアゴルフの最高峰である全米アマチュア選手権で見事、優勝。穏やかな笑顔とクーチャーの名は一気に知れ渡り、彼はまさに時の人と化した。

 なぜ、そんな時の人の自宅訪問が叶ったのか、その経緯は実を言えば忘れてしまったのだが、全米アマの数週間後、私はフロリダのクーチャー家を訪ね、優勝トロフィーを眺めながら彼のインタビューをした。

「はい、コーヒーをどうぞ!」「はい、次は紅茶とケーキをどうぞ!」と歓待してくれたクーチャーの母親メグが、どうしてだか、こんなふうに昔話を切り出した。

「マットは、今はグッドボーイになってくれたから良かったけど、ジュニアのころは、ミスすると怒ったりクラブを叩きつけたりしていて、ひどいものでした。それで、ある日、私がマットのクラブをバッグごと取り上げて、絶対にわからない場所に隠したんです」

 すると、クーチャーも自ら話し始めた。

「母から『あなたは大事なクラブを粗末にして、大事なゴルフコースを傷め、周りにも不愉快な思いをさせている。そんなマナーの悪い人間にゴルフをする資格はない』って言われた。そしてゴルフバッグを隠されちゃったから、僕はしばらく本当にゴルフができなかった。数日間、僕なりにいろいろ考えて、深く反省して、『心を入れ替えるから、お願いだからクラブを返してください、ゴルフをさせてください』って泣いて頼んで、ようやくゴルフができる身に戻してもらったんだ」

 少年のころの母への誓いを守り続けて二十数年。だからこそ、にこやかで穏やかな今のクーチャーがある。


■挑戦者の強靭なメンタリティ

 クーチャーを一気に有名にしたのは、前述の通り、彼が優勝した全米アマだった。そしてクーチャーが今回惜敗した全英オープン最終日の翌日(7月24日)、プロ野球オリックスやシアトル・マリナーズなどで活躍していた元メジャーリーガーの投手・長谷川滋利が、その全米アマの予選会をくぐり抜け、本戦出場資格を手に入れた。これは、なかなかのビッグニュースだと私は思っている。

 もちろん、本戦出場資格を得たとはいえ、その本戦は、まずストロークプレーによる2日間の予選から始まり、そこで半分以上が振り落とされる。ストローク予選で生き残ったとしても、その先には5日間のマッチプレーが待っている。1つ負ければ、そこでおしまい。1997年のクーチャーのように、あるいは1994年から1996年に3連覇を達成したタイガー・ウッズのように、全米アマ覇者となってマスターズや全米オープンに辿り着くための道は険しく長い。

 もちろん、8月14日から始まる本選でマッチプレーに進めるかどうか、ましてや優勝できるかどうか、マスターズに出られるかどうかはまだ先の話。だが、野球からゴルフへと異なるフィールドに本気で目を向けた長谷川が、異国の地で、草の根レベルでコツコツと努力を積み、48歳という年齢(8月1日で49歳)で全米アマの予選会に挑み、本戦の舞台に立つところまで自力で到達したこと自体、すでに素晴らしい快挙だ。

「もう少し若かったら」「もう少し早く始めていたら」といったフレーズを言い訳にして何かに挑むことを諦めてしまうのは、よくあること。だが、長谷川は遅いスタートを切りながらも夢を追いかけ、49歳にして現在進行形。何があっても諦めず、くじけず、何があっても耐え続ける強い精神力が無ければ成し得ない業だ。

 日本のスポーツ紙によれば、長谷川は、「2016年2月にエンゼルスの春季キャンプに臨時コーチとして参加した際は『ゴルフと野球のマウンド上はメンタル面で共通している』と話していた」そうだ。【SANSPO.COM, 7.26】

 そう、ゴルフはメンタルなスポーツ。メンタル面のケアは、技術を磨く以上に、いや技術を磨く以前に、絶対的に求められるもの。強靭で健やかな精神なくして、いいゴルフはできないし、人々を魅了するゴルファーにはなれない。

 全英オープンで優勝を競い合った勝者スピースと敗者クーチャー。全米アマ出場資格を手に入れた挑戦者、長谷川。彼らが教えてくれたものは、ゴルフにおけるメンタル面、そして人間性の重要性だ。

 

舩越園子