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“チェーン・デスマッチの鬼”ボリス・マレンコ――フミ斎藤のプロレス読本#059【カール・ゴッチ編エピソード7】

8/3(木) 8:50配信

週刊SPA!

 199X年

 ラリー“ボリス”マレンコは、カール・ゴッチが心を許す数少ない友人のひとりである。ジョーとディーンのマレンコ兄弟の父親で、フロリダ州タンパの名門“マレンコ道場”の創設者。日本のプロレス・マスコミが命名した現役時代のニックネームは“チェーン・デスマッチの鬼”。

 1936年、ニュージャージー州ニューアーク生まれといわれるが、そのプロフィルには不明の部分もある。本名はラリー・J・サイモン。ユダヤ系アメリカ人。1924年生まれのゴッチよりも12歳年下ということになる。

 プロレスラーとしてデビューしたのは1953年ごろとされ、ポスト第二次世界大戦の1950年代はクラッシャー・ドゥガン、オットー・フォン・クラップといったリングネームでナチス系ヒールを演じ、反コミュニズムの“赤狩り”から“冷戦”の時代にはプロフェッサー・ボリス・マレンコ、グレート・マレンコというロシア名を名乗るようになった。

 17歳でプロレスラーになったラリーさんは、アメリカじゅうを放浪したあと、フロリダに落ち着いた。長男ジョーと次男ディーンが第1次UWFのリングに上がったときに使ったジョー・ソルコフ、ディーン・ソルコフというロシア名は母方の旧姓だった。

 あまりちゃんとした教育を受けることができなかったラリーさんは、ふたりの息子たちを大学に行かせた。ジョーとディーンがあまりプロレスラーっぽくないのはそのせいかもしれない。

 ラリーさんが1960年代のアメリカのレスリング・ビジネスの主流派グループのひとりだったかというと、そうではなかった。エディ・グラハム対ボリス・マレンコの因縁マッチがNWAフロリダ地区のドル箱カードだった時代もあったが、両者がリング外でも不仲になると、ラリーさんはNWA――E・グラハムはNWAフロリダのオーナー――から離脱してフロリダにインディペンデント団体を設立した。

 ジョー・マレンコにサブミッション=関節技を教えたのはラリーさんではなくて、ラリーさんの友だちのゴッチだった。

 人付き合いが苦手で友だちが少ないゴッチにとってマレンコ・ファミリーは親せきのような存在で、ラリーさんはゴッチがたまに長電話をする相手。頑固者のふたりはなぜかとても気が合う。

 ラリーさんの体は病魔に侵されている。南フロリダ大学病院はラリーさんを白血病と診断した。アメリカでは、患者と患者の家族へのガンの告知がひじょうにオープンだ。

 ラリーさんは化学療法を受けるため、病院のベッドでひと夏を過ごした。キモ・セラピーの集中治療が終わると、“デスマッチの鬼”はニコニコして道場に帰ってきた。

 きっと、ラリーさんにとっては道場でレスラーの卵たちの顔をみることがいちばんの楽しみなのだろう。じっさいに道場生たちの指導にあたっているのはディーンだが、ラリーさんはいつもリングのそばにいる。

 あとどのくらいの時間が残されているかはわからないけれど、ラリーさんはこれからも道場にやって来て、静かな笑みをたたえながらみんなの練習をながめるつもりだろう。

「ガンと試合をやっても勝てない。よく闘ってもドローがいいところだ。でも、闘わないわけにはいかない」

 ラリーさんはまだ勝負を捨てていない。ジョーもディーンも親父さんと同じ気持ちに決まってる。ラリーさんにもしものことがあったら、ゴッチは悲しむだろう。

 ゴッチはゴッチで、エラ夫人の体のぐあいがすぐれなくて困っている。いつのまにか、みんなトシをとってしまったようだ。

 たぶん、ラリーさんはほんとうはチェーン・デスマッチの名人なんかじゃなかったのだろう。悪役レスラーの道を選択し、悪役らしくふるまってきただけだ。

 正統派レスラー――フロリダではエディ・グラハム――の右のストレート・パンチを食らうと、ボリス・マレンコの口から入れ歯が飛び出して、ふわりと宙を舞い、キャンバスに落ちた入れ歯がギシギシと歯ぎしりをする(ようにみえる)、というホラー映画のワンシーンのようなパフォーマンスがラリーさんの専売特許だった。

 ただレスリングが好きで好きで、30年もリングに上がりつづけた。だから、いまでもリングのすぐそばに立っている。

 マレンコさんはこういってほほ笑んだ。

「これからは1日いちにちがごほうびのようなものですよ」(つづく)

※文中敬称略

※この連載は月~金で毎日更新されます

文/斎藤文彦 イラスト/おはつ

日刊SPA!

最終更新:8/3(木) 8:50
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